豪鬼メモ

一瞬千撃

ブロンプトンにサドルSelle SMP VT30Cを装着

ブロンプトンで100kmを超えるロングライドをしても尻が痛くならないサドルを探す旅。これまでの4つのサドルを使った教訓をもとに検討したところ、Selle SMP VT30Cに行き着いた。パッドは硬めだが、実際の乗り心地はなかなか良いので、当面これで行く所存。ポジションと漕ぎ方についても試行錯誤したが、結局は標準的な設定がいいと結論した。ロードバイクにもつけたが、むしろそっちの方が相性が良かった。これは良いサドルだ。

背景

ブロンプトン純正のサドルは普通に良いもので、街乗りをするにも遠乗りをするにも快適に走れるものであった。385gと比較的重いサドルだが、程よい硬さの分厚いクッションのおかげで、かなりの段差を踏んでもいきなり尻が痛くなるようなことはなく、5年ほど満足に使っていた。

それが壊れたので、同等の乗り味のものを探したところ、GorixのA6-1という製品に行き当たった。これは当時1600円で買えた格安サドルだが、程よく柔らかくて程よく分厚いクッションがついていて、それでいて重量も310gとちょっと軽量化し、街乗りも遠乗りもこなす逸品であった。純正は前後方向が波型な一方でA6-1はフラットであるという違いはあるが、ほぼ同等の快適性が確保できていた。

今年に入ってから100km超えのロングライドを頻繁にするようになったのだが、そうすると終盤はA6-1でも尻が痛くなって、立ち漕ぎばっかりするようになる。そこでサドルの買い替えを思い立ったのだが、何を勘違いしたか、3Dプリンタ加工のカーボン軽量サドルの中華廉価製品を買ってしまった。前回の記事で詳述したが、これは完全に失敗だった。30分も乗ると尻が痛くてやっていられなくなる。

その後、思いつきで兄のロードバイクに付いていたPrologo Kappaをブロンプトンにつけてみたところ、これがかなり良かった。快適性はA6-1には負けるが、脚が動かしやすくて走行性能がとても良かった。しばらくはそれを使うつもりだったが、白だったので黒のブロンプトンに合わないのと、古くてボロすぎるのとで、代わりのものが欲しくなった。

ブロンプトンは、楽しく快適に走るための乗り物である。走行性能も大事だが、快適性能も同等に重要である。走行性能と快適性能を総合すると、A6-1とKappaは甲乙つけ難い。しかし、Kappaに乗った時に感じた「元気に走れるブロンプトン」というコンセプトに新鮮な可能性を見出した。それを踏まえて、Kappaに代わるサドルを以下の方針で探した。

  • 定評のあるメーカーのミッドレンジの定番製品 ← イテレーティブに改良されていて初歩的な欠点がない
  • クッションが厚め(極端に薄くなければOK) ← 座面の形状を問わず圧力を分散してくれる
  • シェルはナイロンかプラスチック(カーボン以外) ← シェルが柔らかい方が強い衝撃を緩和できる
  • レールは鉄かステンレス(カーボン以外) ← カーボンは値段が高すぎ、シートポストへの嵌り方がやや不安定
  • 左右方向はラウンド形状 ← 坐骨を点で支えるのではなく、尻肉を坂に寄り添わせて圧力を分散し、また脚を動かしやすくしたい
  • 前後方向はフラット ← 直立気味の乗車姿勢に適する。小径車は下り坂で尻を後ろに下げるのが基本
  • 中央の割れ目が先端まで貫通 ← 前下がりにしなくても会陰を圧迫しない
  • 座面の縁が鋭角な崖ではなく、なだらかなカーブ ← 内腿や腿の付け根が擦れにくい
  • 幅は150mmから160mmくらい ← 体重が重めなので座面は多少広めが適する
  • 長さが260mm以下のショートサドル ← 典型的日本人の短い脚に適する
  • 310gよりは軽量 ← せっかく買い換えるなら少しは軽量化したい
  • 黒基調のシックなデザイン ← 飽きが来ないし、ブラックエディションの車体に合う

選定

Kappaの新版であるKappa Evo PASは上記の多くを満たしているので、それを選ぼうとも思ったが、せっかくなので他のメーカーも調べた。各種レビューや解説を読みあさったところ、Selle SMPシリーズも手頃な価格で性能に定評があるっぽい。Selle SMPの特徴は前後方向が波型かつ左右方向はラウンド型で、尻が特定位置にしっぽり収まることらしい。位置決めがしっかりできれば、尻肉にかかる圧力を分散して快適に長時間乗っていられるそうな。また、スリットが先端まで貫通していて前傾姿勢でも会陰に優しく、先端が少し前下がりに曲がっていることで、一時的な前乗りもしやすくなっている。ブロンプトンだと前後方向はフラットの方が適するのだが、それ以外の特徴はまさに私が理想とするものだった。そして、Selle SMPのFシリーズとVTシリーズは例外的に前後方向をフラット化したものだそうで、それなら完璧な仕様だ。(追記:後日、Kappa Evo PASも購入して、ロードバイクにつけることにした)

ヤフオクを探していたら、Selle SMP VT30Cが税込み7000円ちょいで出品されていた。市場価格15000円くらいの製品なので、7000円はかなりお得な感じがするし、状態もまともそうなので、ポチった。状態が写真でしか判断できないので中古はリスクが大きいが、新品買っても自分に合わないリスクが大きいわけで、だったらコストを半分にして騙されるリスクを負った方がマシというのが私の考えだ。1万円未満で構造が比較的単純で状態が把握しやすい製品に限るが。

VT30Cは長さ255mmのショートノーズで、幅は155mmで普通だ。長さが283mmのVT30という製品や、幅が144mmのVT20Cという製品もあるのらしいのだが、日本人の典型である短足を継承し、体重が重な私としては、また乗車姿勢が直立気味になるブロンプトンで使う上では、VTシリーズの中ではVT30Cの形が最適であろうと判断した。Ryet Aircodeの幅150mmだと尻肉が少し横に余り、Gorix A6-1の幅160mmくらいだとちょうど良いと経験的にわかっているので、VT30Cの幅155mは合格点だ。VT30Cの最適坐骨幅は11.6cmから15cmまでで、VT20Cの最適坐骨幅は9.0~11.5cmだそうで、私の坐骨幅は10cmぴったりだ。つまり坐骨幅から考えるとVT20Cの方が適することになる。とはいえ脚の動きは妨げられない限りは幅広の方が快適なので、VT30Cでもおそらく問題はない。ノーズの長さに特に注文はないのだが、ノーズに座るほど攻めた走りはしないので、短いので十分だ。VT30Cの重さは260gなので、Gorix A6-1よりは50gだけ軽量化することになる。レースに出るわけでもないので、10円玉5枚分くらいは大して変わらないけど、気持ち的には嬉しい。

ポチる前に、大手自転車屋の店舗に行って、Selle SMPの各種製品を触ってきた。感触は写真やスペック表では分からないからだ。残念ながらVTシリーズは置いていなかったが、同じ表皮素材「SVT Velvet Touch」で同じボディ素材「カーボン強化ナイロン12」であるSelle SMP Hybridは置いていた。パッド素材はVT30Cが「軟質ポリウレタン」でHybridは「ポリウレタン」だそうだが、多分同じものだろう。で、Hybridを触った限りでは、Gorix A6-1よりちょっと硬めだが、沈み込みのストローク量は同じくらいだった。私は体重が70kg弱なので、硬めかつストローク量大きめというのは望ましい特性だ。

ところで、クッション性がそんなに重要なら、ママチャリのサドルみたいにパッドの厚みが4cmくらいあって下にバネがついているものを選んでもいいじゃないか。そこまでいかなくても、Brooksとかのバネ付きの洒落た革サドルとかも良さそうじゃないか。実際、600kmとか乗るブルベの愛好家にはBrooksの革サドルを使っている人も多いらしい。例えばBrooks Flyer B17は850gとかなり重量級なのだが、バネと革ハンモック構造の組み合わせはクッション性において最強らしく、乗り心地も定評があるっぽい。私もそれを使ってみたい気もするが、スポーティさに欠けるという食わず嫌い的な理由で敬遠している。そこまでロングライドに特化した重量級の製品ではなく、街乗りやスポーツ走行を主眼に置きつつも、ロングライドにも対応するようなものが欲しい。100kmくらいならA6-1でもいけるので、それよりもうちょっと高品質なものが欲しい。いかにも沼に嵌った人間の世迷いごとだが。

サドルの選び方については以下の動画が参考になる。坐骨幅を測ったら、それに前傾姿勢に応じた長さを足すと、適切なサドル幅が導けるとのこと。前傾するほどに坐骨の出っ張りよりも坐骨結節に多くの圧力がかかり、左右の坐骨結節の距離は前に行くほど狭くなるので、前傾の度合いが大きいほど適切なサドル幅は小さくなる。私の坐骨幅は10cmで、ブロンプトンに乗る際の前傾姿勢はSports(+2cm)とRecreation(+3cm)の間くらいなので、10cm + 2.5cm*2 = 15cmくらいが適切なサドル幅らしい。これは目安にすぎないが、VT30Cの幅155cmでもVT20Cの145cmのどちらでも良いっぽい。パッドはあった方が良いが硬めで弾力がある方が良いというのも有用な情報だ。パッドが柔らかすぎると最初は快適に感じるが、長時間乗ると型崩れしてむしろ圧迫が強くなるとのこと。ジェル系は型崩れしやすいので長期的には良くないとも。また、初心者やリターンライダーは柔らかめで幅広のサドルから始め、慣れてきたら先述の式通りに硬めで狭めのものに乗り換えるのが良いとのこと。私は比較的慣れている方なので、VT30Cは良い選択と言えそうだ。
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製品の考察

VT30Cが届いた。座面とレールに多少の擦り跡があるが、それは写真で確認できていて納得していたので、概ね期待通りの状態だった。裏側の合皮の接着面に見られた微小なひび割れは念の為にアロンアルファで埋めておいた。VTシリーズは合皮が剥がれやすいというレビューを見かけたので、耐久性に関しては気をつけて見ていこう。ヒビを見かけたらなるはやで接着剤で埋めた方がいいかもしれない。私のブロンプトンはあちこち擦り傷の入った歴戦の体なので、サドルに多少の擦り跡があっても味だ。SMPの製品はロゴや色使いが洒落ていて、さすがイタリア製って感じだ。ロゴが白でなくてグレーなのが控えめで私好みだ。惜しむらくは、レールの後ろの白い反射ロゴがちょっとダサいことだが、それはいずれシールを貼るなりして対処しよう。

KappaとVT30CとA6-1を並べて形状を比較する。VT30Cは、ショートノーズで幅広だ。特に座面の広い部分が幅広に感じるが、縁が丸く下がっているラウンド形状の度合いは大きいので、「足つき」はA6-1よりは良さそうで、Kappaと同じくらいだと思う。ノーズの先端はKappaが最も細いが、同じ前後位置で測ると双方とも45mmくらいなので、どれもノーズが脚を邪魔することはないだろう。

横から見ると、VT30Cは肉厚でラウンド形状が著しいことがわかる。また、VT30Cはノーズが猛禽類の嘴のように下に曲がっていて、その度合いはKappaよりもかなり大きいことがわかる。この嘴の部分に一時的に乗る方法の前乗りをする機会は私にはなさそうだが、ダンシングしてからシッティングに移る際に尻に引っ掛からなそうなのは良いことだ。サドル後端を反り上がらせるSMPの特徴はVT30Cにはなく、前後方向はKappaと似たような形状であることも確認できる。

パッドを押してみると、KappaとVT30Cの感触はかなり似ていて、例えるならハードグミっぽい感じだ。強いて違いを述べるなら、Kappaは粘土っぽい感触で、圧力が横方向にも逃がされる感じがする。VT30Cはタイヤっぽい感じで、圧力に応じて線形な強さで沈むとともに元気よく押し返してくる。KappaとVT30CはA6-1よりは硬いが、沈み込みのストローク量は3つとも同じくらいだ。VT30Cに特徴的なのは、ノーズ部分のパッドは硬いが、後ろになるほど柔らかくなり、坐骨のあたりのストローク量が最も大きいことだ。A6-1は全体的に似たような柔らかさで、Kappaはやや坐骨部分が柔らかい。メリハリが最も大きいのはVT30Cだ。つまり、着座位置をしっかり決めれば快適というSMPのコンセプトをVT30Cも体現している。また、中央のスリットが大きく開いていて、スリットの周辺のパッドが柔らかいのがVT30Cに特徴的だ。これは会陰への負荷が小さいことを意味する。

シェルの柔軟さは、A6-1もKappaもVT30Cも同じくらいだ。手で曲げようとしただけでも1.5mmくらい撓むので、体重以上の荷重がかかれば3mmとかは撓む余地があると思う。Aircodeのカーボンシェルのは全く撓まなかったので、この違いは大きい。サドルのくびれた部分の垂直方向の壁は太腿の付け根に当たるわけだが、この部分はKappaよりもVT30Cの方が柔らかい。これはペダルを漕ぐ際の快適性を向上させ、ひいては走行性能に寄与する。

細かい話だが、VT30Cなどのラウンド形状の製品は、ブロンプトンのシートポストの櫓につける際に多少苦労する。湾曲したシェルが固定用の六角ネジの穴の鉛直方向に被さるので、六角レンチを真っ直ぐに入れられなくなる。なので、先端が球状の5mm六角レンチを斜めに差し込みつつ、弱い力で仮締めしてから、その状態でシェルを上に最大限ひん曲げて本締めすることになる。慣れれば難しい作業ではないが、最初は面食らうだろうし、穴が舐めないように慎重に作業する必要がある。

なお、上記の方法でつけられない形状のサドルに対しては、レール固定用の金具を上下逆につけて、櫓の上側にレールを取り付ける方法がある。この方法の方が自由度は高いのだが、走行時に櫓が目立ってちょっぽりダサいのと、折り畳み時にサドルがちょっとでっぱるのと、レールの重みを狭い範囲で支えるのでレールが曲がりやすいのが欠点だ。とはいえ、どれも大した問題ではないので、この機構によって大抵のサドルがつけられるのは良いことだ。前後の調整幅もこの方法の方が広くなる。

実際に乗ってみた感想

VC30Cに乗ってみてまず思ったのは、パッドが予想していたより硬いということだ。A6-1よりはかなり硬く、Kappaと同様に、快適性よりは走行性能に振った製品だ。VT30Cは、A6-1やKappaよりパッドがマッチョな感じがする。衝撃がない乗車状態ではあまり沈まないので、硬く感じるのは事実だが、段差を超えるなどして衝撃を受けるとそれに応じて沈み込んで制動してくれる。すなわち、衝撃に対するストローク量が確保できている感じがする。手で押した際にはKappaとVT30Cはほぼ同じクッション性だと思ったが、実際にはVT30Cの方が弾力が強く、バネっぽい動きをする。

この弾力が増す乗り味の変化は、ジェーニーサスをつけた時のものに似ている。急カーブを決めたりスラローム走行をしたりすると旋回中にサドルに荷重がかかるが、カーブの頂点を過ぎた後にその撓みが解放されて尻をボインと押し返してくる。段差を踏んだ際にも、踏んだ瞬間は衝撃を吸収するが、少し遅れて尻をボインと押してくる。クッション性のある大抵のサドルならその感覚は味わえるが、その度合いがVT30Cにして強くなった。楽しい乗り味だ。ただし、バネっぽい感触は、振動の減衰が遅いという弊害も起こす。例えば段差を乗り越えた時にボインと尻が跳ね上げてしまい、その尻が着地したの衝撃で沈んだ力でまた尻を跳ね上げてしまい、何度かバウンドすることがある。それも含めて楽しい乗り味だとも言えるが、ロングライドを主眼に置くと弊害ではある。

左右方向のラウンド形状と縁の滑らかなカーブ、そして縁の柔軟性もVT30Cの特徴だ。それらにより、骨盤や太腿の動きが妨げられないので、漕ぎやすい。サドルの奥に深めに座っても脚の付け根が痛くなることがない。坐骨幅から考えると私に最適なVT20Cよりも幅広であるVT30Cだが、特に太腿が擦れる感じもなく、むしろ座面が幅広なことで、ちょっと重めな私の体重をしっかり受け止めてくれて頼もしい。運動性は純正サドルやA6-1よりも断然良く、Kappaとは甲乙つけ難い。第一印象として、快適さはそこそこで、走行性能は期待以上だった。駄作であった中華カーボンサドルの後に使ったので、それに比べればかなり快適だ。

A6-1と比べると、KappaとVT30Cは使いこなすのが難しいサドルだ。A6-1は全体が同じような柔らかさなので、よっぽど変な着座位置でなければ、適当に座っても快適だ。一方で、KappaとVT30Cは、座り方が適切でないと早々に尻が痛くなる。しかし、適切な座り方さえできればA6-1と同等以上に尻に優しくでき、かつ優れた走行性能を堪能することができる。慣れるまでは試行錯誤が必要だ。KappaとVT30Cを比べると、VT30Tの方がパッドの変形が大きいと感じる。これは強く踏み込んだ時のパワーロスが大きいこと意味するが、骨盤や脚の運動が円滑になることも意味する。総じて、KappaとVT30Cの走行性能は同じくらいと言えそうだ。

SMPの特徴である前後方向の波型がなく前後フラットなのがVTシリーズの特徴であり、前後方向の「しっぽり感」はない。言い換えると、どこに尻を置いたらよいか迷う。その分だけ、着座位置を前後にずらしやすいので、特に下り坂での後ろずらしがしやすい。ブロンプトンは下り坂で急ブレーキをかけるとジャックナイフで転けやすいので、尻を後ろにずらして重心を制御するのは重要だ。また、ショートサドルなので、通常走行時の前後位置の快適範囲は狭い。ノーズの近くに座ってしまうと、2本のレールの上に坐骨がもろに乗っている感じがして、長時間は耐えられない。なるべくサドルに深めに座って、中央スリットの後端あたりに坐骨の前後位置を合わせたい。と言っても、奥に座りすぎると硬い部分に坐骨が当たるので、うまこと加減しないといけない。左右方向はラウンド形状なので、左右方向の「しっぽり感」はしっかりあり、安定して座れるし、尻が左右にぶれないし、安定して漕ぎ続けられる。

会陰の負荷を低減するための中央スリットだが、ここまで大きいだけあって、うまく働いている。有り体に言えば、金玉の重みによるパンツの撓みがちょうどスリットの穴が広い部分にきて、宙ぶらりんになるので、圧迫感がないというか、むしろ開放感がある。スリットの周囲のパッドが柔らかいのが奏功していて、会陰だけでなくその周辺の恥骨下部の肉にも優しい。また、穴が先端付近まで続いているおかげで、前傾姿勢でも会陰や陰茎への負荷は増さない一方で、坐骨下部の負荷は減らせる。よって、着座位置を変えずに骨盤の角度を変えるだけでも、一定の負荷分散が図れる。また、スリットから微妙に風が入り込んできて、各部がスースーして気持ちが良い。蒸れる夏場には結構重要な要素だ。

サドルの前後位置の設定が重要だ。私は足が短いのと、パワーゾーンでの踏み込みを楽にしたいのとで、前乗りをする癖がある。普通のサドルを標準的な前後位置に設置すると、いつの間にかサドルのノーズ近くに着座していて、恥骨下部の肉や会陰が痛くなっていることが多い。ショートサドルにすると前方に着座する余地がさらに減るので、対策が必要だ。すなわち、サドルを前寄りに設置して、サドルの真ん中に着座しても前乗り気味になるようにする。クランク角が3時の位置で膝関節の皿がペダル軸の真上に来る設定が標準であり、それより前に膝が来るなら前乗り、それより後ろに膝が来るなら後ろ乗りと呼ぶのが一般的らしい。その意味では、自分の脚の長さを鑑みて前寄りにサドルを設定するのは前乗り用ではなく標準的とも言える。パワーを出したい場合はサドルは前寄り、まったり走りたいならサドルは後ろ寄りにすると良いと言われる。また、高速旋回時の安定性も後ろ乗りで後ろ荷重を強くした方が高まるらしい。身長164cm股下74cmの私は、165mmのショートサドルを使ってもなお、サドルの前後調整範囲の真ん中辺に設定してしまうと後ろ乗りになってしまう。私は今までサドル位置が後ろ寄りすぎたために、パワーを補おうとして無理な前乗りをして尻を痛めていた気がする。よって、今回は、自身の脚の長さを考えて標準を目指すべく、サドルを前寄りに設定することにした。レールの後端ギリギリくらいの位置に櫓の金具の後端を合わせると、私の体格だとほぼ標準か、ほんの少し前乗り気味になる。

傾きの設定も重要だ。前に傾けるとペダルに荷重しやすくなってパワーを出しやすいが、足が疲れやすくなるし、坐骨が後ろから押されて痛くなりやすい。また、前に傾けすぎると尻が少しずつ前に滑って、いつの間にかノーズ近くの細い場所に座ってしまって尻を圧迫してしまう。後ろに傾けると、パワーは出しにくいが、坐骨は楽になる。しかし、会陰や恥骨が前から押されて痛くなりやすい。また、後ろに傾けすぎると脚の付け根が圧迫されたり擦れたりしてしまう。SMP製品はスリットが先端まで続いているしノーズが前下がりに曲がっているので会陰の圧迫はされにくく、後ろに傾ける余地が大きい。とはいえパワーが出にくくなるのも良くないので、結局は水平が推奨されている。いろんなパターンを試した末、私にはほぼ水平だけど気持ち前下がりの角度が最適だという結論に至った。曲線に対して水平の概念を考えるのは難しいのだが、尻肉が触れていそうな部分の真ん中の点の接線が地面に平行になる状態が水平であると考えよう。少なくとも、微妙にM字状になっている断面の二つの峰が谷より高い位置にある状態だ。そうすると着座位置がM字の谷部分に自然に導かれる。着座した瞬間にそうならなくても、漕いでいるうちにその付近に落ち着かせようとする力が働く。その状態よりも、ほんの少し、1度くらい前下がりにするのが私の好みだ。VT30Cは後部の盛り上がりが切られてスカスカ感があるから、もっと前下がりにしたくもなるが、そこを堪えて、ほぼ水平にするのが尻を長持ちさせるコツだ。過ぎた前下がりは坐骨の痛みに直結する。水平を基準に調整するには、階段や道路などの水平な模様が背景に見える場所を探して、片目で見て背景の水平な線とサドルとの関係を確認しながら作業をするとよい。

VT30Cの表面は、比較的すべすべしていて、グリップ力はあまりない。これは着座位置を変えやすかったり、その際に表面の皮膚が引っ張られて痛くなるリスクを下げてくれるという利点がある。汚れにくいのも良いところだ。一方で、スプリント等でめちゃくちゃ強く踏み込んでサドルの反力すら利用するような場合や、サドルをかなり前下がりにして荷重をペダルに集める乗り方をする場合、この滑りやすさは致命的な問題だろう。私はしょっちゅう着座位置を変えるし、街乗りで停車する度にサドルの乗り降りをするので、すべすべで引っ掛かりのない表面が好みだ。その点で、上位モデルで本革製のFシリーズより、合皮のVTシリーズの方が私には望ましい。

VT30Cをつけたブロンプトンは、車体を畳んだ状態でも違和感がない。今や私のブロンプトンは、イギリス製の車体に、フランス製のチェーンリングと、日本製のクランク・ペダル・ハンドルグリップ・スプロケットと、ドイツ製のタイヤと、イタリア製のサドルが付いているグローバル仕様だ。ずいぶんカスタマイズしたものだが、ぱっと見ではカスタマイズ感が全然ないのが気に入っている。黒基調にするとパーツの色が合わせやすくて楽だ。

実地のロングライド

小賢しい理屈を重ねたが、結局重要なのは、実際に100km超えのロングライドに耐えられるかどうかだ。A6-1に比べるとVT30Cはピーキーな製品なので、ロングライドに適するかどうかは正直疑わしい。しかし、うまく使いこなせば、意外に行けると期待もしている。それを試すべく、目黒から九十九里浜までの127kmのロングライドに行ってきた。レーパンを履くことも考えたが、それだと今までのロングライドとの比較ができないので、いつも通りユニクロの短パンと普通のトランクスを履いた。

朝9時に家を出て、千葉方面なので都心を横断する。都会はストップ&ゴーが多いが、クッションが柔らかすぎないので加速時にサドルボブすることもなく、快適に走れた。尻も問題ない。まだまだ序盤なので当然だ。都心は信号に停められまくるが、その度にちゃんと足で立って尻を休ませる。序盤の気遣いが後半に効いてくるのだ。

千葉駅までは何度か自転車で来ているが、江戸川を超えて千葉県に入ってから千葉駅までが意外に遠く、しかも産業道路的な景色がずっと続いて飽きる。ただ、秋晴れの下では、走っているだけで気分は良い。沿岸部なので坂は全くなく、20km/h以上の速度で楽々と巡行できた。52T/12T=4.333のギア比かつ外周1.34mのタイヤだと20km/hでケイデンス57.40、25km/hでケイデンス71.75になる。ラウンド型はペダルを漕いだ際に骨盤が左右に振れやすいと言われるが、ケイデンス90くらい出しても問題ない。VT30Cは高いケイデンスでも太腿の動きが邪魔されないのが快適だ。ただ、ブロンプトンケイデンスを上げすぎると尻が上下に揺れて負担が増えるので、ロングライドの際はケイデンス80以上は出さない方がいい。とはいえ、適度に前傾姿勢でサドルに荷重を分散させ、適度にペダルを踏み込んでペダルにも荷重を分散させないと、サドルだけに荷重がかかって尻が痛くなってしまう。よって、尻の圧力がちょっと軽くなる程度には走りを頑張った方がいい。その辺の調整を考えながら走ると、単調な道もそこそこ楽しい。なお、ちょっと尻が浮きそうで浮かない程度の荷重がサドルにかかると、やわらかいサドルでは浮き沈みが大きくなって力が無駄になるが、硬めのサドルだとそれが無い。これがスポーツ系のサドルが硬い理由だと実感した。とはいえ、レースに出るわけでもないなら、多少入力効率が落ちても快適な方がいいとも思う。

尻にも足にも違和感なく、順調に千葉駅についた。家と九十九里浜の中間地点くらいか。千葉は地下鉄がない代わりにモノレールがあるのだが、これが近未来的な雰囲気で好ましい。実際には地下鉄の方が技術レベルも利便性も高いんだろうけども、建設費や収益性を考えると地下鉄ではペイしないならモノレールしかない。


ちょうど昼時だし、なんとなくサイフォンコーヒーが飲みたくなったので、これまた何度か来たことのある喫茶ヨーロピアンで昼食。ある程度以上美味いと味覚がサチって優劣の判定ができなくなる私だが、ここのコーヒーはかなり美味い方だと思う。サイフォン式は誰が淹れても同じ味になるのが特徴で、その分だけ豆の良し悪しが効いてくるとかいう話だ。ここのブレンドが良いのか、そもそもサイフォン式だから美味いのかは分からないが、まあ普通に良い香りがして苦味も丁度良く、後味もすっきりだ。そしてハンバーグサンドイッチによく合う。


内陸部に入ると、長閑な風景が見え始めて、いよいよ千葉県横断の雰囲気が出てくる。内陸部でも高低差があんまりないのが千葉や茨城の良いところで、きつい坂もなく、リラックスして漕いでいけた。有名なサイクリングロードでなくても、千葉の田舎道は車があんまり通らないし、平坦だし、景色がいいので、サイクリングにおすすめできるコースだ。尻は、痛いとまではいかないが、ちょっと負担が出てきた感じだ。尻肉のどこかに違和感を感じたら、速やかにポジション替えをして、負荷を分散させるのが重要だ。

Googleマップの自転車ナビは、結構小さい道というか、農道やら林道やらも普通に通る指示をしてくるのが面白い。林の中の隠田みたいなところを見つけたり、広大な蕎麦畑の真ん中を走ったりして楽しかった。あと、金木犀の季節がまさに始まったところで、そこかしこから香ってくるのがとても幸せな気分だ。


夕方になる前に九十九里浜についた。太平洋は広くて気持ちがいい。20年くらい前にサーフィンしに来て以来の九十九里浜であり、ちょっと懐かしい。海風がビュービュー吹いてきて心地よい。尻はちょっと痛いが、まだ耐えられる。脚もまだまだ行けそうだ。

九十九里町から九十九里浜沿いにひたすら南下して、白子町や長生町や一宮市を走ったわけだが、道からは海が見えないのが残念だ。それは九十九里有料道路のせいである、奴が一等地を占有しているおかげで、自転車勢も原付勢も貧乏人も、オーシャンビューを見ながら走ることができないのだ。浜松バイパスもそうだけど、この手の分断政策は好きになれない。海のある町は好きだけど、有料道路で分断されていると勿体無いなと思ってしまう。


一宮海水浴場やら釣ヶ先海岸やらを見てきたが、どこもいい波が押し寄せていて、サーフィン好きには格好の場所だ。サーフショップがやたら多いのもうなずける。

目的地に着いても尻はまだ耐えていて、シッティングのまま走行することができた。これはかなり新鮮な経験だ。いつもは脚が売り切れるよりも先に尻が音を上げるのだが、今回は両方に余力を残しつつ行程を終えた。たとえパッドが硬めでも、自分の体と乗り方に合った形状であれば長く走れるというのは本当だ。尻が一定まで痛くなった後は、その痛さがそれ以上悪化しないので、痛いっちゃあ痛いが耐えられるって感じがずっと続いた。硬い分だけ底付きしないので、尻の組織に損傷を起こしにくいのかもしれない。また、でかいスリットのせいで会陰の負荷を坐骨周辺の肉が引き受けていることになるが、後者の方が強靭なのだと思う。多少痛みを感じても、ちょっと休憩すれば元の状態に戻る。あんま関係ないけど、鉄鋼材料には疲労限度があって無限回の繰返し荷重に耐えるって話を思い出しながら後半は走っていた。上総一ノ宮駅についてもまだまだ走れそうな余力があったが、日没したので撤収。帰りは外房線総武線輪行した。やっぱブロンプトン輪行は楽だ。

さらなる考察

私はペダルにトウクリップをつけていて、かなりトウクリップに特化した漕ぎ方をする。すなわち、クランク角3時付近のパワーゾーンでの踏み込みはあまり意識せず、むしろ9時付近の上方向への引き足を円滑にして上下方向の荷重変動を軽減することを意識している。また、12時付近での前方向への押し足と6時付近での後ろ方向の引き足を組み合わせた前後方向の動きを意識している。結果として、サドルや骨盤にかかる荷重の変化は小さくなり、走行性能を増すためにサドルを固くする必要はなくなる。体重以上の荷重で適度に沈むVT30Cのパッドはその点で丁度良いっぽい。同じ理由で、サドルの縁を崖状にして骨盤の保持力を最大化する必要もないので、KappaやVT30Cの滑らかな曲線の縁が脚の擦れを防いでくれるメリットの方が大きい。A6-1は縁の崖が擦れと圧迫感を生んでいたが、KappaやVT30Cはそれがないので、快適性が増した。

ショートサドルであるVT30Cを導入するにあたり、今回はサドルの前後位置を吟味して、前乗りでも後ろ乗りでもない標準位置(ごく僅かに前乗りかも)に設定した。仮に前乗りにしたとして、その最大のメリットは、最も強い入力ができるパワーゾーンでのペダルの運動方向が真下に近くなるので、体重をかけて漕ぎやすいことだ。これは上述したようなパワーゾーンで踏み込まないペダリングと矛盾しているようだが、踏み込む意識をしなくても勝手に効率的な入力ができるというのは利点になる。登坂時に踏み込みを意識すれば大きな入力ができ、シッティングのままで登れる坂が多くなるのも利点だ。また、前乗りにすると骨盤の角度が立つので、上死点での股関節の角度が浅くなって楽になる。低めのケイデンスで漕ぐのに前乗りは有利と言われるが、私はまさにそれに当てはまっている。変速が2段しかないブロンプトンなのでなおさらだ。前乗りは上半身が窮屈になる欠点があるが、エルゴンGP3のブルホーンに手を置けば問題ない。

一方で、後ろ乗りにもメリットがある。骨盤の角度が寝て、太ももの付け根の分厚い部分の肉で坐骨を支えるので、短期的には尻が痛くなりにくい。その代償として若干太腿が動かしにくくなるが、VT30Cの形なら問題ない。ただし、クランク角が3時の位置でペダル軸が膝の真下にないので、体重がかけられず、強く加速しようとすると無駄に筋力を使うことになる。また、サドルがBBから遠くなるので、その分だけサドルを下げることになり、結果として上死点での股関節の角度が窮屈になる。しかし、パワーゾーンでの出力は低下するが、ゆっくり楽に漕ぐ分には有利とも言える。パワーゾーンが早めに来て早めに終わることになるのだが、トウクリップで前方に押し出す入力が早めにでき、パワーゾーンが終わった後にも脚の重さが入力になるので、結果として弱く長く入力できるようになる。スポーティさは損なわれるし、入力効率も悪化するが、お気楽に漕ぐには後ろ乗りの方が適している。

以下の動画の人は、膝関節の真下にペダル軸が来るという経験則は調整の開始点にすぎないとして、試しながら調整することを勧めている。まずは最も後ろにサドルを設定して乗ってみてから、5mmくらいずつどんどんサドルを前に出しながら乗り心地を確かめていって、乗り心地が良い範囲でできるだけ前にサドルを設置する。乗り心地は、ハンドルを持つ手に負荷がかかりすぎないことと、下死点ハムストリングスがうまく動かせるかどうかで決めるらしい。この方法でやっても私は膝関節の皿の真下にペダル軸が来る場所が心地よかった。
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サドルの位置を適切に決めたとして、乗車時の着座位置についても慣れが必要だ。深めに座った方がしっかり尻を支えやすいとはいえ、深すぎるのもダメなのだ。サドルの奥の縁よりちょっと手前あたりはパッドが硬く、そこに坐骨を当てると丘のようになっているように感じる。分厚そうだからって、そこに坐骨を置くと、パッドが硬いので尻が痛くなりやすい。その丘のちょっと手前の麓はパッドが柔らかいので、そこに坐骨を置くべきだ。SMPの他の製品のように奥が迫り上がっていないのでこのスイートスポットを探すのは最初は難しいかもしれないが、「小高い丘に坐骨を当ててからそのちょっと前に降ろす」という手順を覚えさえすれば簡単だ。丘の部分を硬くしているのは当然意図的であろう。そうすることで骨盤が安定し、坐骨でない部分をしっかり支えることで、坐骨の圧力を下げる効果がある。スイートスポットに座ると、サドルの左右の縁と太腿の位置関係も最適化されるので、脚の動きが円滑になる。スイートスポットの狭さとスイートスポットにハマった時の快適さはトレードオフの関係にある。それを知らずにこのサドルを使っては宝の持ち腐れだ。

KappaとVT30Cを比べると、会陰への負荷がVT30Cの方が少ない。Kappaもよくできているが、坐骨の出っ張りの内側にある恥骨の下の肉が押されて、パッドが凸型に出っ張っているように感じる。箒に乗った魔女は絶対に股が痛くて大変なことになると思うのだが、それに似た辛さがKappaにはある。Kappaも中心部が微妙に凹ませてあるのだが、そんなんじゃ全然足りないということだろう。VT30Cはやたら大きい穴が開いているだげあり、会陰周辺の違和感は完全解消されている。会陰を浮かせた分だけ坐骨周辺に圧力が集中するので、坐骨の圧迫感は確かにVT30Cの方が大きい気がする。とはいえ、だいたい同じくらいとも言える。VT30Cのパッドの方が若干柔らかいのが奏功しているのかもしれない。あるいは、Kappaは幅147mmでVT30Cは幅155mmなのだが、私の骨盤の幅は少し幅広のVT30Cの方に適しているのかもしれない。もうひとつの違いは、VT30Cは後部が幅広の割には、太腿を下に下ろす部分はシュッと絞り込まれていることだ。それによって、後部の幅広の部分に座っても脚の動きが邪魔されにくい。Kappaの方も同じ工夫がされてはいるが、その度合いはVT30Cの方が大きい。また、Kappaだと尻の左右の端の尻肉が乗っかり切らずにはみ出ている感じがあったのだが、VT30Cだとそれがない。接触面積が広いほど圧力は低くなるので、これは良いことだと思う。総じて、私にとってはVT30Cの方が若干良いと判断する。

A6-1とVT30Cを比べると、Kappaの時と同様に、坐骨付近の尻肉や会陰への負荷がVT30Cの方が少ない。パッドもシェルもA6-1の方が柔らかいので、奇妙なことだ。スリットの大きさがVT30Cの方が大きいのは明らかだが、理由はそれだけではない。サドルを取り替えながら走ってみてわかったことだが、A6-1のパッドが柔らかめで、かつシェルが撓む際に一点で折れ曲がるような挙動をするため、クッションが底付きして会陰に衝撃が来るっぽい。Kappaよりはだいぶマシだが、柔らかいはずのA6-1が会陰に優しく無い謎が解けた気がする。坐骨に関してはA6-1の方が明らかに優しい。パッドのどの位置でも柔らかいので、着座位置の許容範囲が広い。総じて、A6-1の方が万人向けに快適だと判断する。VT30Cは、その辺のカラクリが分かった上で、強靭な坐骨周辺の肉が脆弱な会陰を守っていることを前提として、その坐骨の負荷にサドルの設定や乗車姿勢の改善で対処できる人々が使うべきものだろう。欲を言えば、VT30Cよりもほんの少し柔らかいのがあれば理想的だ。海外ではVT30C Gelというのが出ているらしいので、もしかしたらそれが該当するのかもしれない。

VTシリーズはSMPの他の製品と違って前後の形状がフラットなのだが、それは坐骨を置くべきスイートスポットが探しづらいことを意味する。これは欠点でもあるのだが、ロングライドにおいては利点にもなる。乗っているうちに坐骨の置き場所を探ることがちょくちょくあるわけだが、その試行錯誤のたびに微妙に着座位置や乗車姿勢が変わり、それが負荷分散に一役買っている。どんなに優れた形状でも同じ場所に接していれば痛くなってくるので、眠っている時に寝返りが必要なように、自転車に乗っている時には尻ずらしが必要なのだ。基本的には座面の一番広い場所に坐骨を置き、尻肉で最強の部位で体を支える。それで疲れてきたら尻を少し前にずらすと、恥骨に近い内側の肉で支える。それも疲れてきたら、今度は座面のもっと奥に尻をずらして前傾姿勢をとり、坐骨の外側の太ももに近い肉で支える。それらを基本として、ハンドルの持ち方を変えたり、前傾姿勢と直立姿勢を入れ替えたり、骨盤の角度を寝かしたり起こしたり、ペダリングで注力する角度を変えたり、いろいろやるとよい。姿勢や着座位置を変えないにしても、たまにダンシングをするなどして圧迫部の血流を回復させるのも重要だ。どんなに柔らかいパッドでも血管は圧迫されるし、むしろ柔らかいパッドの方が広い面積を圧迫するので、長時間同じ姿勢だと血流は滞る。快適なサドルなほど長時間同じ姿勢で走れてしまうので、結局は違和感が生じてしまう。なので、サドルを選定するにあたって、長時間同じ姿勢だから発生した違和感なのか、どこかの部位に圧力が集中しすぎたことによる違和感なのかは切り分けて考えるべきだろう。SMPの波型のサドルの多くは「しっぽり感」があって同じ姿勢を取り続けられる分、血流が滞ることで違和感を感じさせて、それを嫌う人が一定数いるのかもしれない。波型でも乗り方を工夫すればそれは防げるとも言えるし、そもそも波型じゃない方が自然に姿勢を変えやすくていいという考えもある。VTシリーズは後者のニーズに応えているのだと思う。

乗車姿勢として、骨盤を立てるか前傾させるかの選択がある。骨盤を立てると股関節の角度が浅くなるのでケイデンスを上げやすいが、体重は乗せにくいのでトルクは上げにくい。骨盤を前傾させると股関節の角度が深くなるのでケイデンスを上げにくいが、体重は乗せやすいのでトルクは上げやすい。尻に優しいのは断然後者だ。ケイデンスが高いほど尻が振動する回数が多くなるのでケイデンスは低い方がいい。トルクが高いほどペダルが荷重を多く受け持つので尻の荷重は減る。さらに、骨盤を前傾させると坐骨の前にある比較的平たい座骨結節に圧力が分散される。よって、ロングライドで脚より尻が問題になるなら、骨盤を前傾させてギアを重めにして低ケイデンス高トルクの走行を心掛けると良いだろう。ロードバイクの場合は元々前傾気味なのでこの点について気にする必要はないが、小径車の場合は骨盤前傾を心がけた方が長く走れる。

製品の話から少し離れるが、サドルの高さを適切に設定することも、乗り心地を改善するのには重要だ。サドルが低すぎると体重がサドルに集中して尻が痛くなるし、サドルが高すぎると下死点付近に足を伸ばした際に股間と太ももの境のあたりが擦れてしまう。尻痛のことは抜きにしてもペダリング効率を上げるためにはサドルを適切な高さに設定すべきだ。私は、漕いでいて左右に尻がずれたり膝や足首が伸び切らない範囲でギリギリまで高くするのが好みだ。

余談だが、「ペダリングアルゴリズム」と題した下記の一連の記事がめっちゃ面白い。股関節と膝関節にそれぞれ死点があり、それを境にそれぞれの伸筋群が屈筋群が入れ替わって機能するというのが明解に示されている。間違った筋肉の使い方をすると、逆向きのトルクがかかって遅くなるばかりか、筋肉が収縮しようとしながら実際には引き延ばされるエキセントリック収縮が起き、疲労が大きくなったり攣ったりしてしまうらしい。
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上記の記事によると、股関節の上死点は1時くらいで下死点は6時ちょい前くらいらしい。膝関節の後死点は10時半くらい、前死点は3時ちょい過ぎくらいらしい。この事実だけでも、いろいろ考えさせられる。例えば、10時半では膝関節は後死点で全く機能しないので、その状態で入力をするには股関節を引き上げるしかない。股関節の上死点である1時のちょい前である12時くらいまでは意識的に股関節を引き上げる動作をすることこそ、押し足での入力を効率化することに繋がる。1時では股関節の上死点で全く機能しないので、その状態で入力するには膝関節を前に押し出すしかない。つまり、股関節の屈曲を12時くらいまで続けるのと、膝関節の伸展を2時くらいまで続けるのが重要だとわかる。同様にして、股関節の伸展は2時から5時ちょい前くらいまで素早くすべきことや、膝関節の屈曲を4時半過ぎから8時前くらいまでゆっくりとすべきことや、股関節の屈曲を7時くらいからすべきことがわかる。

上述した関節の動きを鑑みると、最も入力が効率化するパワーゾーンは1時くらいから4時くらいと考えるのが妥当だろう。私はO.Symetricの楕円チェーンリングを使っているのだが、その径が1時から4時くらいまで徐々に大きくなっていくのは、関節の動きに最適化されているように思える。1時ではまだ加速し始めなのでトルク重視で径は短く、4時では最大速度にすべく径は長い。それを過ぎると、踏んでいる方の足は股関節の下死点のちょい前で、逆の足は膝関節の後死点のちょい後になるので、速度が乗っている割には入力が小さいことになり、径が急激に短くなる。角度の微調整ができない楕円チェーンリングを使っている場合、チェーンリングに合わせてサドルの前後位置を決めるべきだし、角度の微調整ができる楕円チェーンリングを使っている場合、サドルの前後位置に合わせてその調整をすべきだ。私は前者なので、極端な前乗りや極端な後ろ乗りはすべきじゃなく、チェーンリングの設計者が想定した最適位置に着座すべきだ。

上記の記事の4節リンク機構近似モデルに基づくと、サドルを前乗り用に設定することは、BBを中心として各リンクの角度を前に回転させる効果があるとわかる。サドルを前に出しただけだとサドルとBBの距離が近づくので、サドルを上げて相殺するのが前提だ。サドルの傾きも少し前下がり方向に調整する。サドルとBBの距離が同じであれば、腿と脛とクランクの長さも同じなので、それらの相対的な動きは方は全く変わらない。違うのは地面に対するクランクの角度だけだ。各死点の角度が変わると考えるとわかりやすい。普通乗りだと膝関節の後死点が10時半だったのが、極端な前乗りをすれば11時になる。同様に、股関節の上死点は1時から1時半にずれ、膝関節の前死点は3時過ぎから3時半過ぎにずれ、股関節の下死点は6時前から6時半前にずれる。股関節と膝関節を総合して考えると、普通乗りのパワーゾーンは1時から4時くらいで、前乗りにすると1時半から4時半くらいにずれる。この1時半から4時半というのが地面と垂直に近いので、体重をかけて漕ぎやすくなるということだろう。一流選手が自分のペダリングを分析したこの論文を読むと、ペダル荷重と引き足を意識しつつBBの前方4cmくらいに重心が来るようにするといいらしい。股関節の角度は前乗りにすると浅くなるので、上死点付近の足運びは楽になる。サドルを前に出すとハンドルが近づくので、その分だけハンドルを前にずらすかDHバーを使うかしないとエアロポジションが取りにくくなるという欠点はあるが、それはブロンプトン乗りにはあまり関係ない話だ。以上を鑑みると、サドルはかなり前に寄せた方がパワーゾーン入力効率が上がり、速度が上げやすくなる。

後ろ乗りについても考える。サドルを後ろに引いただけだとサドルとBBの距離が離れるので、サドルを下げて相殺するのが前提だ。サドルの傾きも少し後ろ下がり方向に調整する。普通乗りだと膝関節の後死点が10時半だったのが、極端な前乗りをすれば10時になる。同様に、股関節の上死点は1時から12時半にずれ、膝関節の前死点は3時過ぎから2時半過ぎにずれ、股関節の下死点は6時前から5時半前にずれる。股関節と膝関節を総合して考えると、普通乗りのパワーゾーンは1時から4時くらいで、前乗りにすると12時半から3時半くらいにずれる。それによって弱く長く入力できることは既に述べた。股関節の角度は深くなって上死点付近の足運びは窮屈になるが、前傾姿勢を取らないブロンプトンにはあまり関係ない話だ。後ろ乗りの方が坐骨が寝ることで尻肉への圧力が分散されるので、乗り始めは尻に優しい。しかし、後ろ乗りをすると、サドル・ペダル・ハンドルの間の荷重の分散がサドルに集まることになるので、長時間乗っているとむしろ尻が辛くなる可能性もある。また、極端な後ろ乗りをすると、その非効率さから、尻より先に脚が疲れてしまうだろう。

実際に各死点が30分もずれるような極端な前乗りや後ろ乗りの設定をすることはそうそうないだろうが、サドルの位置によってそれらが顕著に変わることは図を見ると一目瞭然だ。試しに、10kmを極端な前乗り、10kmを極端な後ろ乗りで乗ってみた。前乗りでは頑張って漕いでしまう分だけ心肺と尻に大きい負担を感じた一方、後ろ乗りでは足の筋肉と尻に大きい負担を感じた。よって、ロングライドをするなら、前乗り過ぎても後ろ乗り過ぎても良くない。やはり標準位置が無難だ。標準から10mm前とか10mm後ろくらいの範囲で調整すべきだろう。サドルの前後位置を調整した際には、平衡感覚を基準に足運びを覚えていると、多少の混乱が起きるだろう。例えば後ろ乗りから前乗りに切り替えた時に、11時過ぎまでは膝関節を伸ばし始めてはいけないのに、10時過ぎで伸ばし始めてしまって逆トルクを発生させてしまうかもしれない。とはいえ、10分もすれば慣れて適切な漕ぎ方に修正できるようになる。

話を戻すが、サドルの設定を自分なりにフィッティングして、高効率のペダリングを意識しながらゆっくりめに漕ぐと、滑るように自転車が走って楽しい。それをまったりと続ければかなりのロングライドができる。25km/h以下の快適な速度に抑えるのが肝で、それ以上速いと空気抵抗が支配的になって効率が悪化する。速度を欲張らなければ、鼻歌交じりにどこまでも行ける感すらある。その際に尻が痛いと台無しだ。逆に、尻にかかる重さ絶妙を絶妙に支えてくれて、かつ脚の動きを邪魔しないサドルがあれば、自分の力で遠くまで走る喜びを存分に享受できる。小径車はロードバイクよりも尻に負担がかかりやすいので、自分に合った良いサドルを見つけることはロードバイク以上に重要かもしれない。KappaやVT30Cに乗るようになってからサドルやフィッティングの奥深さを考えるようになった。

楽にロングライドするには速度を抑えるのが肝だが、日々の通勤通学や散歩サイクリングでは逆にガンガン速度を上げても良い。ゆっくり走ってもいいのだが、気力体力が余っているなら使ってみたくなるのが人情というものだ。その際には、パワーゾーンでの踏み込みも頑張っちゃうわけだが、その荷重を引き足と腕で相殺するにしても完全にはできないので、余った力が体を持ち上げてサドルボブが起きる。サドルボブを起きにくくするにはクッションは硬い方が良く、起きてしまったサドルボブの衝撃から尻を守るためにはクッションは柔らかい方が良いので、適度なクッション性を持つサドルは重要だ。VT30Cはその要求に応えてくれる。強い踏み込みに伴う乗り手自身の振動も、高速走行に伴う路面からの振動も、少なくとも尻より脚が先にへばる程度には緩和してくれる。

VT30Cをロードバイクにもつけて乗ってみたが、こちらはもっと乗りやすい。ブロンプトンの時とは感触がかなり異なり、むしろ柔らかく感じる。バネのサスペンションブロックをつけたブロンプトンよりも、リジッドサスであるロードバイクの方がサドルにかかる衝撃は大きいと思っていたが、実際にはそうでもない。ロードバイクではペダルとハンドルにかかる荷重が大きい分、サドルの荷重は少なく、それに応じた衝撃も少ない。また、ロードバイクの方が前傾姿勢が強いので、坐骨結節の広い範囲に圧力が分散される。前傾姿勢になると会陰の圧迫が心配になるが、それを軽減するスリットの効果は大きい。Kappaで前傾姿勢を長時間取り続けると会陰が圧迫されて血流が滞って陰茎が萎縮する問題があったが、VT30Cではその問題は解消されている。というか、乗っていても尻への圧迫感がほとんどない。電車の座席に座っていても、アーロンチェアに座っていても、ずっと座っていれば尻は圧迫されて痛くなるが、それと同等くらいにしか痛くならない気がする。脚の動きが邪魔されることもなく、高いケイデンスで走行するのも楽だ。レーサーパンツとの相性も良く、ロングライドも難なくこなせる潜在性を感じた。まだ実際にはやってないから確たることは言えないが、ブロンプトンで127km行けたんだから、ロードレーサーなら、そしてこのサドルの調子なら、200km以上走れそうだ。少なくとも、尻が撤退原因にはならなさそうだ。

ロードバイクに装着する際の位置決めも、標準を目指した。ロードバイクのクランクは170mmなので、私の脚の短さを鑑みると、サドルをかなり前に出しても前乗りにならない。前後関係は、レールの調整範囲を1(前寄り)から10(後ろ寄り)とすると、2くらいにしている。傾きはほぼ水平ながら、気持ち程度に前下がりにしている。ブロンプトンよりも明確に乗車姿勢の前傾が強いので、それに応じてサドルもブロンプトンよりは前傾させる余地がある。とはいえあんまり下げると走行中に尻がずれてしまうので、ほんの気持ち程度にだ。この設定はかなり漕ぎやすくなり、今までのは何だったんだろうと思うほどだ。ロードバイクにつけるならKappaよりもVT30Cの方が圧倒的に良い。ロードバイク専用にもう一個買おうかなと思うくらいだ。前傾姿勢が強いことを鑑みると、VT20Cの方が向いていそうだ。

レーサーパンツを履いて乗ると感じることだが、パンツ側のクッションは弱い衝撃や摩擦から尻を守るためにあり、サドル側は強い衝撃から尻を守るためにあるという相補関係がある。自動車や自動二輪のサスペンションのバネがバリアブルレートになっているのと似ている。パンツ側の柔らかいクッションと組み合わせると、VT30Cのように硬めのクッションのサドルは真価を発揮する。したがって、私のように普通の短パンで乗ると、小さい振動で主に皮膚の表面が痛痒くなってくるのは仕方ないことだ。むしろ短パンや下着の縫い目が最大の敵だ。表面の違和感は奥の筋肉等の組織の痛みに比べれば我慢できるものなので、ロングライドに支障がないといえばない。それでも、痛いとせっかくの楽しさに水を差すことになるので、対策はすべきだ。ロードバイクの場合はレーパンを履けばOKだ。一方で、レーパンを履いてブロンプトンに乗るのは似合わなさすぎるので、パッド付きインナーパンツを導入することにした。パールイズミの一番安いやつを買ったが、実際にそれを履いて乗ってみたところ、格段に快適になった。3DCTなるパッドは通勤通学の短距離走行を主眼にしたものらしいが、ロングライドでも十分役立つ。もっと上級のモデルもいずれ検討しよう。

普段からクッション付きのパンツを履く場合でも、サドルの前後位置と角度と高さの仮調整は普通のパンツを履いてやった方がいい。サドルの設定に応じて尻が敏感に反応する方が設定を詰めやすいのだ。クッション付きのパンツだと10km走ってみないとわからないことが、クッション無しだと500mも走ればわかってしまう。それで当てをつけてから、普段履くクッション付きパンツに履き替えて、最終調整をする。履くものが違うと少なくとも高さは変わるし、足運びや尻の圧迫も多少は変わるからだ。いずれにせよ、何が正解かなんて自分でも分からないことなので、飽きるまでどんどん変えればいいことだ。

まとめ

Selle SMPのVT30Cサドルをブロンプトンにつけた。パッドが硬めで着座位置には気を遣うが、前乗りしやすいショートサドル、ほぼフラットな前後形状、ラウンド形の左右形状、適切な幅とスリットの位置、なだらかに落ちる縁などにより、少なくとも私には快適なサドルである。やわらか系サドルよりは尻が痛くなりやすいが、その痛みが一定以上に進行しないので、意外にロングライドに使えるというのが結論だ。実際に100km超えのロングライドをしても尻が耐えたので、満足の行く選定だったと言える。理想を追求すればキリがないが、必要十分の領域には達した。かなりリサーチした甲斐あって、サドル沼からなんとか抜けられそうで良かった。ロードバイクにつけたところ、快適性も走行性能もかなり良くなった。