豪鬼メモ

一瞬千撃

ブロンプトンにショートクランクをつける

ブロンプトンの純正クランクは170mmなのだが、それを社外品の165mmのショートクランク(Sugino RD2)に変えた。結果としては、乗り味は確かに変わったが、速くもならなかったし、楽にもならなかった。しかし、ショートクランクの適否を判断するには数日の使用では尚早だ。しばらく使って経過観察する。

事前検討

自転車のクランクの長さの最適値が何かというのは、議論になりがちな問題だ。身長の10%がいいとか、身長の9.5%とがいいとか、股下*0.125+65mmがいいとか、いろんな説がある。ちなみに私は身長164cmの股下74cmだ。すなわち、身長は日本人の男性平均171cmから1シグマほど低く、身長と股下の割合は45%と平均値そのものである。最適クランク長の各説を私に当てはめると、身長の10%説なら164mm、身長の9.5%説なら155mm、股下説なら157mmが最適なクランク長ということになる。なお、日本人の平均身長171cmと平均股下77cmの場合、身長の10%説なら170mm、身長の9.5%説なら162mm、股下説なら161mmが最適ということになる。身長の10%説は股下比率が大きい欧米人を基準に考えられているという話もあり、もしそうなら股下説の方が信憑性があるので、多くの日本人には純正の170mmクランクは長すぎるということになる。私に限って言えば、身長10%説を採用してもなお170mmは長すぎる。なので、ショートクランクを導入することにした。

クランク長を短くする効果について考察する。まず、梃子の原理により、チェーンリングを回転させるトルクが下がる。トルクは荷重とクランク長の積だ。仮にクランク全周の平均で10kgfの力をかけてペダルを漕いでいるとすると、10kgf * 0.170m = 1.70kgfm =のトルクが発生する。クランク長を165mmに短くすると、10kgf * 0.165m = 1.65kgfmのトルクに落ちる。難しいことを考えなくても、要はトルクが165mm / 170mm = 97.06%に落ちるということだ。つまり同じトルクを出したかったら10kgf / 97.06% = 10.303kgfの荷重が必要になる。これは、ペダリングが3%ほど重く感じるということだ。

じゃあ損じゃないかと一瞬思うが、これまた梃子の原理により、クランクを一周させるのに必要な仕事量は同じになる。仕事量は力と距離の積だ。170mmクランクの外周は0.17m * 2π = 1.0681mなので、10kgf * 1.0681m * 9.80665 = 104.74Jの仕事量になる。165mmクランクの外周は0.165m * 2π = 1.0367mなので、10.303kgf * 1.0367 * 9.80665 = 104.74Jの仕事量になり、同じだ。要は荷重の増加103.03%と距離の減少97.06%が相殺されて同じ仕事量になるということだ。重く感じる分、ゆっくり足を動かしても同じケイデンスになるので、物理学的には損も得もない。

ロードバイクなどの多段ギアの車体では、ペダリングが重く感じる分だけ軽いギアを使って変速比を下げるのが普通だ。必要な荷重が1.0303倍になるのだから、変速比を0.9706倍にすれば相殺できる。実際にはそんなに微妙な比率のスプロケットの組み合わせはないのだが、変速条件を変えることで同様の効果が出るものとする。変速比が0.9706倍になっても同じ仕事率を維持するには、ケイデンスを1.0303倍にする必要がある。ケイデンスは上がっても、ペダルが移動する速度はクランク外周長の短さで相殺されて、ここでも損得はない。トルクが同じなのにケイデンスを上げなきゃならないというのは、ギア変速によるトルク調整に慣れていると直感に反するようだが、これが事実なのだ。

一方で、運動生理学的には、ショートクランクには利点があるとされる。股関節や膝関節の可動域が小さくて済むことだ。クランク長を0.5cm短くすると、下死点の地上高が0.5cm高くなるので、それに応じてサドルも0.5cm上げることになる。同時に上死点は0.5cm下がるので、サドルと上死点の距離は合計1cm離れることになる。結果として、ペダルが上死点を通過する時に股関節や膝関節を曲げる角度が浅くなり、筋肉が最大張力を発揮できる至適筋節長の付近を使う割合が大きくなる。そもそもの170mmというクランク長は足の長い人々を想定して決められているので、足の短い私が乗ると窮屈なのは当然とも言える。身長170cmでの大腿骨の長さは44cmくらいらしいが、私の身長の平均との比率164/170から推定すると私の大腿骨の長さは42.4cmくらいであり、差は2.6cmだ。この規模感で考えると、上死点の距離が1cm違うというのはそれなりの影響がありそうな予感がする。

ペダルを漕ぐのは人間なので、ペダルの移動速度にも適切な範囲がある。ショートクランクを導入すると、変速比とケイデンスを維持するなら、結果的にペダルの移動距離と速度が下がる。高めのケイデンスで走行する習慣があって、ペダル速度が最適範囲の上限近くになることが多いならば、ショートクランクでペダル速度が下がるのには利点があるだろう。私はかなり低いケイデンスで走ることが多く、おそらく最適範囲の下限近くになることが多いので、ショートクランクでペダル速度が下がるのはむしろ欠点かもしれない。一方で、変速比を下げることでショートクランクによるトルクの低下を相殺する場合、ケイデンスを上げてもペダル速度の上昇が相殺されるので、無理なくペダリングできるという利点がある。ケイデンスが高い方がクランクが一周する間の速度の変動が少ないので、筋肉の負荷が分散されるという利点もありそうだ。

実際にショートクランクを使って実験しているこの動画は説得力がある。「フルスクワットよりハーフスクワットの方が絶対に大きなパワーが出ます」という言葉が全てを物語っている。その分だけ足を曲げ伸ばしする回数は増えるわけだが、それでも実際に記録が改善するのを示されたら、ショートクランクの利点に納得せざるを得ない。普段170mmより短い165mmを使っている人が143mmとさらに短くしても速くなるなんて驚きだ。オリンピックに出たような真のアスリートに当てはまることが一般のホビーサイクリストに当てはまるかどうかはわからないけど、ショートクランクで速くなる可能性があることは十分に示されている。
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おまけの利点として、下死点の地上高が上がることで、カーブで自転車をバンクさせた時にペダルが地面を擦るリスクが下がるというのがある。バンクさせる際にカーブの内側のペダルを持ち上げておくのは常識だが、何らかの理由でそれができない可能性もある。ペダルが地面を擦るとかなりの確率で転倒するので、そのリスクがわずかでも下がるというのは嬉しい。また、私はペダルにトウクリップをつけているのだが、押し歩きをしている際にトウクリップが地面を擦って削れてしまうことがある。下死点の地上高が上がると、そのリスクも若干ながら下がる。

そんなに短いクランクがいいなら、もっと短くして100mmとかにするのはどうか。ただ、そうすると幼児用三輪車のような乗り味になってしまうだろう。極論すると、クランクを非常に短くすると、関節を動かさずに筋肉を収縮させるアイソメトリック運動に近づき、クランクを長くするほどに、関節を動かしながら筋肉を収縮させるアイソトニック運動の性質が強くなる。アイソメトリック運動は筋肉に最大負荷をかけるトレーニングとしても行われるくらいであり、疲労が非常に早く溜まってしまう。逆に長くしすぎると、関節の角度が至適筋節長に相当する範囲から大きく外れて、十分な力が出せなくなってしまう。何事もバランス問題なのだ。人によって筋肉の発達度合いや柔軟性や骨格のバランスが違うので、最適なクランク長も違うはずだ。ただ、股関節や膝関節の可動域を一定の範囲に収めるという意味では、股下の長さから計算する経験則が合理的なように思える。いずれにせよ、実際に使ってみてから判断するのが確実だ。

調達

さて、実際にショートクランクを買うとして、具体的な製品を探すのが大変だった。ブロンプトンの純正クランクと互換性を持たせるには、JISスクエアテーパーかつ5本足のBCD130(PCD130)である必要がある。BBがJISのスクエアテーパーなので、ISOのスクエアテーパーやその他のスクエアテーパー規格のものは合わない。また、チェーンリングが5本足のBCD130なので、4本足はダメで、BCD110とかもダメだ。ブロンプトンは古い規格との互換性を大事にしているので、この二つの条件とも最新の動向からは外れていて、適合するものがかなり限られている。しかもショートクランクとなると、なかなか探すのが難しい。

スギノ社の製品はラインナップが充実していて、該当のものがいくつかあったのだが、どれも高い。品質の評判はいいらしいが、クランクに4万円とか7万円とか私は出せない。ヤフオクやメルカリで探しても、全然ない。仕方ないのでAli Expressで謎の中華メーカーのを発注した。機械翻訳の製品説明とかが怪しげなので、製品の品質はもちろん、ちゃんと165mmのものが来るのかすら不安だ。そもそも中国企業にクレジットカードの番号を教えたくないとかの抵抗感もあった。とはいえ、クレカの不正利用は利用履歴を見てキャンセルすればいいし、品質がイマイチでも3200円なら諦めもつく。

Ali Expressで注文したのだが、通関手続きで異常があったとの通知があったっきり、1ヶ月半経っても音沙汰なし。出品者に問い合わせても、税関で止まっているの一点張り。そのくせ毎回アドレス変えて広告メールを送りつけ続けるし。通関の通知は受けたいからドメイン毎ブロックはできないので、うざすぎる。なんだこれ。とりあえずキャンセルの申請をしたが、なんか時間がかかるとか言ってて、本当に嫌だ。二度と使いたくない。

ふてくされつつもダメ元でメルカリを覗いたら、スギノのRD2のPCD130 165mm JISテーパーの黒が6000円で出品されていた。ドンピシャな仕様のものが出品されることは珍しいので、即ポチ。買う前にRD2の定価を調べたのだが、どうも新品ではもう出回ってないらしく、定価がわからない。Amazonではなぜか5万超えでスギノからそのものから出品されていたりするし、海外のサイトだと140ドルとかで売られているし、謎だ。

実際に製品が届いた。アルミ合金の塊なので、中古でも劣化という概念はあまり考えなくていい。厳密に言えば金属疲労が蓄積しているのだろうが、人力程度の負荷なので問題ないだろう。見たところ歪みもなく、剛性にも問題はなさそうだ。塗装は多少傷ついているが、既に私のブロンプトン自体が傷だらけの歴戦の体なので、気にしない。RD2の重さを計ったところ、右クランク288gで左クランク211gの、合計499gだった。純正だと右クランク275gで左クランク200gの合計475gだ。つまり、スギノの方が24g重い。短いのに重いということは剛性に性能を振っているのだろうか。



純正とRD2を比べると、長さは5mmしか違わないので、ほとんど同じようにも見える。しかし、その5mmが違いを生むのだ。マットブラックの純正に対してグロスブラックのRD2は若干派手な感じだが、同じ黒系統なのでそんなに違和感はない。RD2のマットブラックも発売されているらしいのだが、どっちみちメーカーが違えば微妙な色味を合わせることはできない。同系色なら良しとしよう。ピストバイクでRD2を使っている人もよくいるらしいが、それっぽくて格好いい気がしないでもない。

装着

早速装着すべく作業を開始したのだが、例によってクランクボルトの固着問題が発生した。BBのシャフトとクランクを圧着するためのボルトが固着して動かないのだ。以前にBBを換装しようとした時も同様の問題が起きたので、グリスをたっぷり塗って対策したはずだが、無駄だった。力ずくで回そうとしても全く動かないし、kure556を吹いてからハンマーで叩く方法でもダメだった。仕方ないので、以下の出来うる対策を全て投入した。

  • 8mm六角レンチのできるだけ長いものを使ってトルクを上げる
  • さらにエクステンションをつけてトルクを上げる。
  • バーナーでBBシャフトを熱して熱膨張させる
  • 凍結浸透ルブでボルトを冷やして収縮させ、できた隙間に潤滑剤を染み込ませる
  • クランクを車体側に固定し、かつボルトの頭が舐めないようにレンチをタイラップで固定して、全体重をかけて回す。

そうしたら、「バキッ」と音が鳴って、ついにボルトが回った。クララが立ったくらいに嬉しかった。クランクボルトの固着問題は厄介だ。かといって、固着しないように弱いトルクで締めるわけにもいかない。BBシャフトとクランクの締めつけが甘いと、ペダルを漕ぐたびに異音がするし、その状態で運用するとBBシャフトが削れてしまう。なので、グリスをしっかり塗って、適正トルクで締めるしか対策がない。

さて、RD2を装着してチェーンリングもつけようとしたところ、今度はチェーンリングとクランクを固定する5本の固定ボルトが4つしかないことに気づいた。純正のボルトの1つはどっかに乗っている間に外れてしまったようだ。いずれにせよ、純正の固定ボルトの1本はクランクアームの裏から留める方式で長さが違うので、新しい固定ボルトを買わねばならない。それまで、数日は4つのままで運用した。最大の力がかかるのはクランクの位置と上死点の位置の付近なので、それと最も遠い位置のボルトの貢献度は最小だ。それを省く。

ちなみに純正の固定ボルトの規格はM8の7mmであり、RD2との組み合わせでもそのまま使えた。巷ではM8の6.5mmがフロントシングル用のチェーンリング固定ボルトとして売られているので、それらを買っても大丈夫だろう。Amazonとかでは軽量化のためにアルミを使った固定ボルトが多く売られているが、最も力がかかる部品にアルミを使うのはリスクが高いし、ボルト5本程度を軽量化したところで利得は体感できない。よって、鉄製かつ最安値の以下の製品を注文した。ていうか、チェーンリング固定ボルトってば、単なるボルトとナットを5個ずつ含んだセットのくせに、2000円とか3000円で当然のように売られていて、納得いかない。原価100円も行かなそうな気がするが、どうなんだろう。

純正のクランクアームはアームの内側(車体側)にしかチェーンリングを装着できない。一方、RD2はロードバイクのフロント2段のチェーンリングにも対応していて、アームの内側にも外側にもチェーンリングを装着できるようになっている。ブロンプトンはフロント1段なので、チェーンリングは内側につけても外側につけてもいちおう機能する。どちらにつけるか迷ったのだが、外側につけた。私は基本的に2速で走行することが多いので、外側のスプロケットとの角度が直線的である方が摩擦が少ないはずだ。また、楕円チェーンリングにしてから外側にチェーン落ちすることが頻繁に起きていたので、それを抑止するためにもチェーンリングは外側寄りにあった方が望ましい。

実走と考察

死点が0.5cm上がった分、サドルも前より0.5cmほど高くして出発した。まず感じたのは、ちょっと漕ぎ出しが重くなったことと、剛性感が上がったことだ。純正のクランクは敢えて剛性を落として脚への負荷を低減しているらしいのだが、それに比べるとRD2は剛性が高いらしく、ペダルを踏み込んでから車体の加速感を感じるまでの時間差が僅かに小さいように感じる。プラセボ効果かもしれないくらい微妙な差だけど、RD2の方がスポーティな乗り味だ。私程度の筋力では脚への負荷が問題になることもないので、剛性は高い方が良いだろう。底がふにゃふにゃのランニングシューズで乗っているのに剛性を語るのは生半可だが、こういう感覚に訴える改善は好きだ。ジェニーサスを導入した時もそうだったけど、速さよりも乗りやすさや気持ちよさの方が大事だ。

246を下って多摩川サイクリングロードを走った。ギア設定は変えずに、フロントは楕円52T(パワーゾーン56T相当)のリアが11Tの、変速比4.72(パワーゾーン5.09)のままで走ると、やはり重く感じる。剛性感の向上を帳消しにするほど漕ぎ出しはモッサリするし、高速巡行時にも重く感じて、最高速の伸びもないように感じる。ショートクランク懐疑論の人が書く感想と全く同じ意見だ。走りの楽しさが増したかと問われれば、否と答えるしかない。有り体に言えば、遅くなったと感じた。

待て待て。物理学的には、同じ仕事率で入力すれば、同じ仕事をするはずだろう。生理学的に言っても、私の体に適した動きで入力できるので、少なくとも仕事率が低下することはないはずだろう。それなのに、なぜ遅くなったと感じるのか。原因は複合的だろうが、そのひとつは、ギアが重すぎるからだろう。私は基本的に外装2段の2速目で走るのだが、その変速比4.72だとクランク1周で6.334m進むことになる。170mmクランクだと、クランク外周は1.0681mなので、足の動きの5.93倍だけ車体が進んでいた。それを165mmに変えたら、クランク外周は1.0367なので、足の動きの6.11倍だけ車体が進む。その分だけ重く感じるわけだ。

必ずしも重い設定がダメってわけじゃない。私の筋力だと変速比4.72は快適範囲よりも重い設定なのだが、近頃トレーニングのために敢えて重くしていた。その状態でさらにクランク長を短くすれば、重すぎて遅くなるだろう。トレーニングとしてはいいかもしれないが、快適とは言えない。ならば、変速比を下げれば良い。リアスプロケットを11Tから12Tに換装すると、変速比は4.33に下がり、クランク1周で、5.80m進むので、足の動きの5.60倍だけ車体が進むようになる。つまり、短いクランク長のせいで170/165 = 1.03倍だけ重くなった分を、ギア比で11/12 = 0.91倍だけ軽くすると、掛け合わせて0.94倍になり、ちょっと軽くなるという結果になる。クランク長を変える場合、変速比だけでなく、足の動きと車体の動きの比率で考えることが重要だ。

12Tに変えて乗ってみたところ、11Tよりは漕ぎ出しが軽くて乗りやすくなり、登坂も楽になった。ケイデンス当たりの速度は落ちることになるが、それを補うべくケイデンスを上げればいいだけだ。今までより軽いギアを使うと当然加速が良くなるので、気持ちよく乗れる。軽いギアの代償は速度が上がった時にケイデンスが高くなりすぎて足が追いつかなくなることだが、ショートクランクでペダル速度が低下したことによって、ケイデンスの上限は上がった。この設定なら数秒間なら40km/hも出せるし、30km/h巡行も数分間なら続けられるので、以前と同じ走行性能は維持できていると言えそうだ。そうでないと困る。

さて、変速比を最適化することで重すぎるというデメリットが解消されたなら、漕ぎやすさというメリットだけが残るはずだ。上死点に向かって股関節や膝関節を曲げるのが楽になり、それで十分に膝と足が持ち上がる結果、上死点付近で膝関節を伸ばすのも楽になり、3時付近のパワーゾーンで股関節を伸ばすのも楽になるはずだ。しかし、実際のところ、私は170mmクランクの時も股関節や膝関節の動きに苦労していなかったらしく、165mmにしたところでそんなに効率化した感覚はない。また、ブロンプトンではロードバイクと違って前屈したエアロポジションは取らないので、股関節の角度はそもそも浅く、それ以上浅くなることのメリットは小さい。膝関節の角度に関してはロードバイクと変わらないだろうが、こちらも窮屈だと思ったことはない。とはいえ、意識されるレベルではないにしても実際には効率化されている可能性はある。

12時付近ではむしろ余裕を持って足を動かせるようになったにしても、それ以外のクランク角で足回りが全体的に窮屈になった感じがする。3時付近でさらに前に押そうとしたり、6時付近でさらに下に踏もうとたり、9時付近でさらに後ろに引こうとすると、それぞれで使う筋肉が引き攣る。170mmクランクでの足の動かし方を再現してしまっていて、今のクランクの長さよりも5mm外側の円を描こうとしてしまっているからだろう。要は、私のペダリングが下手であり、各所で無駄な力を入れてしまっているということだ。トルクを代償として小さい回転を手に入れたのだから、それを活用する動きをせねばならない。1時を過ぎたら前に押し過ぎないように、4時を過ぎたら下に踏み過ぎないように、7時を過ぎたら後ろに引き過ぎないようにする。上死点付近で足を上げすぎることはそうそう起きないだろうが、それでも適度な軌道を描くように意識すべきだろう。というか、全体的に力を抜いてリラックスして、クランクの動きに合わせて足を運ぶように意識する。その乗り方に慣れた暁には、より速く楽に足れるようになる、かもしれない。

興味深いのは、下死点を過ぎてから上死点に至るまでの引き足の過程で、ペダルが足に吸い付いてくるような感覚があることだ。最初は漕ぎやすくて良いなと思ったのだが、実際には良いことではない。170mmクランクで培われた足の軌道は165mmクランクが実際に描くペダルの軌道よりも大きい。下死点で足とペダルの位置が揃っていたとして、そこから進んだ足とペダルが同時にコーナーを曲がろうとすると、ペダルの方が内側に切れ込んで足を押してくることになる。引き足の際にペダルが足を押すことはペダリング効率の悪化を意味するので、これは直さねばならない。上で述べたリラックスした漕ぎ方をするとともに、特に下死点付近で早めに抜重と引き足を始めるように意識した方がいいだろう。

遅くなったと感じるもう一つの要因は、心理的なものだろう。新しいパーツをつけたのだから、体感できる性能向上があって欲しいと期待するのは自然なことだ。しかし、実際に起こる物理現象は損得なしであり、生理現象としても体が新しい動きに慣れるまでは顕著な改善はない。となると、実際の走行性能は同じであったとしても、期待と比較すると遅いように感じてしまう。したがって、過度な期待をしないことが肝要だろう。ショートクランクの導入は、変速比を変えずにペダリングを重くする手段というくらいに考えておこう。

ロードバイク乗りの多くの人はショートクランクによるトルク低下の分だけ軽いギアを使う選択をするだろう。私のブロンプトンでもスプロケットを換装することで同様の効果を得ている。しかし、クランクの短さに自分のペダリングを適応させるには多少の慣れが必要だ。その適応を経ないとケイデンスは上げられない。変速比を下げたのにケイデンスを上げないのでは、結果的に馬力と速度が落ちてしまう。おそらく自分の適応能力への過信もショートクランクで遅くなったと感じる一因だろう。

ひとまずの結論としては、私にとっては、165mmのショートクランクは、特段走りが良くなるという代物ではなかった。走りが悪くなった気もしないが、良くなったとは現時点では言えない。理論的にはメリットがあるはずだし、まだ慣れていない部分も大きいと思うので、引き続き乗ってみてから判断したいところだ。遅くてもいいから脱力して綺麗な円形で足を動かすことを意識すると、だんだんと効率的に回せるようになってくる、と期待している。上の動画に出ていた店長さんみたいな達人になるとすぐ適応できるのだろうけども、それを素人がすぐに真似できるわけでもない。長い目で見ないといけない。

細かい話を補足しておく。チェーンリングをクランクのアウター側につけた結果、チェーン落ちしなくなった。今までは週に2回くらいは落ちていたのだが、クランクを変えてからは全くチェーン落ちはない。改めて純正クランクの挙動を検証したところ、どうもクランクが1回転する間にチェーンリングの外枠が1mmくらい左右に振れているっぽいことがわかった。つまり、楕円チェーンリングを使っていることに加えて、純正クランクのアームが歪んでいたのがチェーン落ちの原因だったらしい。RD2にして歪みが無くなったとともに、チェーンリングがアウター側になった結果、チェーンの外側落ちは無くなった。外側落ちすると回転するペダルに引っかかって「ガキッ」て鳴って動きを止めるため、下手をすると転倒や破断の可能性があり、内側落ちよりも怖い。それが無くなっただけでも嬉しい。内側落ちのリスクは相対的に高まるのかもしれないが、今のところそれもない。O.SymetricとSugino RD2の組み合わせは推奨できる(追記:自作チェーンキャッチャーで内側落ちの対策もした)。

死点のペダルの地上高がクランク長によって異なることで、許容バンク角がどれくらい違うかを検討する。ブロンプトンを真っ直ぐ立てた時に、地面からクランクの中心点までは277mmである。ペダルの厚みはペダルの回転中心から上下10mmほどである。ということは、クランク長が170mmの場合、ペダルの下端の地上高は277-170-10 = 97mmである。クランク長が165mmの場合、ペダルの下端の地上高は277-165-10 = 92mmである。ブロンプトンのフレーム中心からペダルの端までは185mmである。ということは、クランク長が170mmの場合のペダル下端の角度はatan(185/92) = 1.10rad = 63.55度であり、許容バンク角は90-63.55 = 26.44度である。クランク長が165mmの場合のペダル下端の角度はatan(185/97) = 1.08rad = 62.33度であり、許容バンク角は90 - 62.33 = 27.66度である。そこそこの速度で曲がれば30度くらいは普通にバンクするので、この1.21度の差は安心を生むほどのものではないだろう。しかし、微妙にリスクが下がるのも事実だ。固定ギアのピストバイクでは165mm以下のショートクランクが多いのだが、その理由の一つは旋回中でも足を止められないのでペダルを地面に擦るリスクを少しでも下げたいからだ(もう一つは高ケイデンスに対応しやすいことらしい)。いずれにせよ、フリーギアの自転車であれば、車体をバンクさせる際は内側のペダルを引き上げる癖はつけておくべきだ。

押し歩きしている時にトウクリップが地面を擦る問題は、最低地上高が5mm上がった結果として、車体を真っ直ぐ立てている限りにおいては、発生しなくなった。ただ、実際に押し歩きすると車体を完全に真っ直ぐにするわけではなく、自分の方向に少し傾けてしまうものだ。なので、トウクリップをつけたまま押し歩きする際は引き続きクランクが垂直以外の角度になるように留意すべきだ。

私は最近はロードバイクにも乗っている。土曜はブロンプトン、日曜はロードバイクといった感じだ。私のロードバイクのクランク長は170mmだ。ロードバイクブロンプトンでクランク長が違うと自分の神経系が最適化されないのではないかと懸念したが、それに関しては問題ないっぽい。そもそもビンディングペダルかつエアロポジションのロードバイクと、トウクリップを付けたとは言えフラットペダルかつコンフォートポジションのブロンプトンは、違う乗り物という認識で乗っている。なので、両方のクランク長を合わせるよりも、違いを楽しむ方がいいかなと思っている。ロードに乗る時は上死点付近での膝の引きつけを意識すればいいし、その訓練によって自身の関節の可動域の向上もできるかと思っている。余談だが、ロードに乗るようになってから毎晩寝る前に開脚ストレッチをするようになり、それも身体能力の維持向上に役立っていると思う。

変速比を変えずにクランク長を短くすると、登坂能力は確実に落ちる。毎日の通勤で登る渋谷の坂は、今まではシッティングでも平然と登れたのに、ショートクランクにしてから億劫に感じるようになった。変速比を下げたところ、当然ながら楽に登れるようにはなった。ケイデンスが一定以上でないと登坂で止まりそうになってしまうので、適正な変速比を設定することは重要だ。それに加えて、適切なクランク長であることも重要だ。上死点でのひっかかり感がなくなれば、止まりそうになるリスクをより少なくすることができる。私の場合、変速比を下げるのとクランク長を短くするのを同時に行なったことで、結果的に登坂能力は向上した。ブロンプトンで各種変速比を設定する方法については、こちらの記事を参照のこと。

ペダル推進比

既に述べたが、ペダルを漕いだ時に脚に感じる重さは、クランク1周で車体が推進する距離をクランク円周長で割った値で決まる。これを便宜的にペダル推進比と呼ぼう。私の現状の選択肢で取り得るペダル推進比を表にまとめる。タイヤ外周は1.340mで計算した。

設定 変速比 クランク1周推進 クランク円周 ペダル推進比
170mm+50T+11T 4.545 6.090m 1.068m 5.703
170mm+50T+12T 4.166 5.583m 1.068m 5.227
170mm+50T+13T 3.846 5.153m 1.068m 4.825
170mm+50T+15T 3.333 4.466m 1.068m 4.182
170mm+50T+16T 3.125 4.187m 1.068m 3.920
170mm+50T+17T 2.941 3.941m 1.068m 3.690
170mm+52T+11T 4.727 6.334m 1.068m 5.931
170mm+52T+12T 4.333 5.806m 1.068m 5.436
170mm+52T+13T 4.000 5.366m 1.068m 5.018
170mm+52T+15T 3.466 4.645m 1.068m 4.349
170mm+52T+16T 3.250 4.355m 1.068m 4.077
170mm+52T+17T 3.058 4.098m 1.068m 3.837
170mm+54T+11T 4.909 6.578m 1.068m 6.159
170mm+54T+12T 4.500 6.030m 1.068m 5.646
170mm+54T+13T 4.153 5.566m 1.068m 5.211
170mm+54T+15T 3.600 4.824m 1.068m 4.516
170mm+54T+16T 3.375 4.522m 1.068m 4.236
170mm+54T+17T 3.176 4.256m 1.068m 3.985
165mm+50T+11T 4.545 6.090m 1.036m 5.879
165mm+50T+12T 4.166 5.583m 1.036m 5.389
165mm+50T+13T 3.846 5.153m 1.036m 4.974
165mm+50T+15T 3.333 4.466m 1.036m 4.311
165mm+50T+16T 3.125 4.187m 1.036m 4.041
165mm+50T+17T 2.941 3.941m 1.036m 3.804
165mm+52T+11T 4.727 6.334m 1.036m 6.114
165mm+52T+12T 4.333 5.806m 1.036m 5.604
165mm+52T+13T 4.000 5.366m 1.036m 5.173
165mm+52T+15T 3.466 4.645m 1.036m 4.483
165mm+52T+16T 3.250 4.355m 1.036m 4.203
165mm+52T+17T 3.058 4.098m 1.036m 3.956
165mm+54T+11T 4.909 6.578m 1.036m 6.349
165mm+54T+12T 4.500 6.030m 1.036m 5.820
165mm+54T+13T 4.153 5.566m 1.036m 5.372
165mm+54T+15T 3.600 4.824m 1.036m 4.656
165mm+54T+16T 3.375 4.522m 1.036m 4.365
165mm+54T+17T 3.176 4.256m 1.036m 4.108

参考までに、私のロードバイクはクランク長170mmで、フロントは50-34Tで、リアは11-28Tで、タイヤは700*23Cの外周2.155mである。その場合のペダル推進比はこうなる。

設定 変速比 クランク1周推進 クランク円周 ペダル推進比
170mm+54T+11T 4.909 10.579m 1.068m 9.904
170mm+54T+12T 4.500 9.697m 1.068m 9.079
170mm+54T+13T 4.154 8.952m 1.068m 8.380
170mm+54T+14T 3.857 8.312m 1.068m 7.782
170mm+54T+15T 3.600 7.758m 1.068m 7.263
170mm+54T+17T 3.176 6.845m 1.068m 6.409
170mm+54T+19T 2.842 6.125m 1.068m 5.734
170mm+54T+21T 2.571 5.541m 1.068m 5.188
170mm+54T+23T 2.348 5.060m 1.068m 4.737
170mm+54T+25T 2.160 4.655m 1.068m 4.358
170mm+54T+28T 1.929 4.156m 1.068m 3.891
170mm+34T+11T 3.091 6.661m 1.068m 6.236
170mm+34T+12T 2.833 6.106m 1.068m 5.716
170mm+34T+13T 2.615 5.636m 1.068m 5.277
170mm+34T+14T 2.429 5.234m 1.068m 4.900
170mm+34T+15T 2.267 4.885m 1.068m 4.573
170mm+34T+17T 2.000 4.310m 1.068m 4.035
170mm+34T+19T 1.789 3.856m 1.068m 3.610
170mm+34T+21T 1.619 3.489m 1.068m 3.266
170mm+34T+23T 1.478 3.186m 1.068m 2.982
170mm+34T+25T 1.360 2.931m 1.068m 2.744
170mm+34T+28T 1.214 2.617m 1.068m 2.450

これらの表は、こんなようなPythonスクリプトで出力できる。自分の設定を知っておくと便利だ。

import math

fronts = [54, 34]
rears = [11, 12, 13, 14, 15, 17, 19, 21, 23, 25, 28]
cranks = [0.170]
tyre_circumference = 2.155

for crank in cranks:
  for front in fronts:
    for rear in rears:
      transmission = front / rear
      crank_circumference = 2 * crank * math.pi
      propulsion = transmission * tyre_circumference
      print("|{:.0f}mm+{}T+{}T|{:.3f}|{:.3f}m|{:.3f}m|{:.3f}".format(
        crank * 1000, front, rear,
        transmission,
        propulsion,
        crank_circumference,
        propulsion / crank_circumference))

以前の記事で、街乗りには170mm+52T+13Tが最適で、遠乗りには170mm+52T+11Tが最適だと述べた。つまり、街乗りに最適なペダル推進比は5.018で、遠乗りに最適なペダル推進比は5.931であると主張したことになる。ロードバイクなら、それぞれアウターの7段(170mm+54T+21T=5.188)とアウターの8段(170mm+54T+19T=5.734)に近い値だ。フロントの52Tを前提としてクランクを170mmから165mmに変えた今では、街乗りには165mm+52T+13Tの5.173が最適で、遠乗りには165mm+52T+12Tの5.604が最適ということになろうか。要は、165mm+52T+11Tの6.114が重すぎるというだけだ。今の私の筋力ではペダル推進比が6を越えると登坂が億劫になりがちなので、6以下で6に近い値にしたい。表を見ると、フロントをStoneの楕円50Tに変えて、165mm+50T+11Tの5.879にするとか、フロントを純正の真円54Tに変えて、165mm+54T+12Tの5.820にするという手もあることがわかる。ただ、O.Symetricの楕円52Tの乗り味が気に入っているので、フロントはそのままで行きたい。そうすると、リアは12Tが最善となる。筋力が向上した際には165mm+52T+11Tに戻すとして、しばらくは165mm+52T+12Tや165mm+52T+13Tを中心に運用して、楽しくサイクリングしつつ適応力を育てていくつもりだ。

まとめ

「ショートクランクで潜在力を解放!」みたいなブームが巷にあるみたいだが、実際に使ってみたところ、そんなに簡単な話では無いと実感した。オートバイのカスタマイズでマスラーとかエアフィルターとかカムシャフトとかをいじるのにも似ている。それらは特定の回転域では性能が向上しても別の回転域では悪化するので総合的には良くならないことがほとんどだ。総合的に性能が上がるような変更ができるなら純正でやっているはずなので、そうでないということは何らかのデメリットがあると考えるべきだ。したがって、合理的な利用者でありたいなら、純正のまま使うか、自分の乗り方に合っているカスタマイズのみをするか、カスタマイズに合わせて乗り方を変えるかが求められる。ショートクランクの話に戻すと、足が短い人にとっては上死点でのひっかかり感が低減するのが最大の利点っぽいが、比較的軽いギアで高いケイデンスを保つ乗り方をしないと利点が見出しにくい気がする。単にクランクを変えるだけではだめで、乗り手の力量と適応能力が求められるということだ。普段60rpmとかの低めのケイデンスで乗っている私がショートクランクの恩恵を感じるには、しばらく軽いギアと高いケイデンスでの運用経験を積むのが必要だろう。

身長が日本人の平均以下の人で、170mm以上のクランクを使っている人は、ショートクランクの導入を検討してもいいかもしれない。ただし、ショートクランクにしたって直ちに速くなるわけではない。私はクランクを変えた直後はむしろ遅くなったと感じた。変速比を調整して数日乗ってからは以前と同じくらいの走行性能だと感じるようになったが、やはり速くなったとは感じていない。しかし、クランク長に応じた変速比を設定し、クランク長に応じた足運びを身につけたならば、より速く楽に走れるはずなのだ。まだ諦める時間じゃない。物理学的には損得はないので、運動生理学的に効率的な体の使い方ができるかどうかが肝要だ。よって、しばらく乗ってみてから、また状況を記録したい(追記:書いた)。