豪鬼メモ

一瞬千撃

ブロンプトンで群馬・長野・山梨の旅 後編

前編に続いて、自転車旅の話。東御市から松本、諏訪、甲府までの行程。


中央分水嶺という概念がある。本州を貫く仮想的な線で、その線から南東側に落ちた水は太平洋に流れ込み、北西側に落ちた水は日本海に流れ込むという、いわば本州の尾根のようなものだ。中央分水嶺より太平洋側は表日本日本海側は裏日本と言われる。分水嶺の形状は地形で決まるが、基本的には山脈の稜線を繋いだ形になる。長野周辺では、東側は群馬県・埼玉県との県境に沿って、南東側は山梨県との県境に沿い、そこから八ヶ岳に沿って蓼科山まで北上して、そこから西進して霧ヶ峰やら鉢伏山やらを通り、そこから南下して木曽駒ヶ岳まで盲腸のように伸びて、また北上して鉢盛山やら野麦峠やらを通っている。

前回述べた碓氷峠は中央分水嶺の上にあるので、私ははるばる表日本から裏日本に来たことになる。中央分水嶺は単なる仮想線に過ぎないが、それを把握していると、赤道を超えたような達成感がある。群馬側は利根川水系、長野側は信濃川水系なので、仮に碓氷峠の上で立ちションすると、日本海と太平洋の双方に同時に流し込めることになる。ちなみに両親の家は湯の丸高原地蔵峠山麓にあるのだが、地蔵峠も中央分水嶺の上にあるので、なかなかピーキーな場所にあることになる。「わざわざそんな場所に住まんでも」と心から思う。そこから遠くに臨む蓼科山もまた中央分水嶺だ。

さて、両親の家を辞して、どうやって帰ろうかと思案したが、せっかくなので松本方面まで足を伸ばしてみることにした。地図で分かる通り、国道152号で南下してから、国道254号で東進するという簡単なルートだ。152号は登り基調ではあるが、ほとんど平坦とも呼べるほど緩やかで、楽だった。そして意外に建物が多くて、山奥ではなかった。

しかし、254号に入ると、徐々に山になってくる。鹿教湯トンネルを超えたあたりからは、本格的な登りが続いてキツかった。舗装も悪いし、トラックに煽られるし、休みなく登りが続く。虎の子の乙女ギアを出す羽目になったが、ギアが軽くなるのはいいが速度が落ちるので、やたら時間がかかった。


今回のハイライトは、三才山(みさやま)トンネルである。長くて平坦で真っ直ぐなのはいいのだが、路肩が狭くて大型トラックが猛スピードで走るので、めっちゃ吸われる。図らずもスリップストリームに入るのでこちらも加速して、TDLのスペースマウンテンのような興奮が味わえるのだが、とにかく怖い。たまに落ちてる石を踏んだりしたら死ぬかもと思いながら走り抜けた。

トンネルを抜けると、ご褒美の、ひたすら下りの区間になった。爽快そのもので、溜めに溜めた位置エネルギーを惜しげもなく運動エネルギーとして活用していくのが楽しい。とはいえ、ブロンプトンの小径の車輪で段差を勢いよく踏むと前転しかねないので、そこそこの速度で留めねばならない。それなりのブレーキをかけながら進むことになるのだが、そうすると今度は摩擦熱でリムの温度がやたら上がる問題があり、小径車ではその影響が大きくてタイヤの空気が膨張してバーストする恐れがあるので、そこも多少は気を遣う。なるべく体を起こして空気抵抗で速度を弱めたいところだ。

坂を下り切ったら、松本市街に入った。盆地だけど、空が広くて開放感がある。北アルプスが壁画のように見えて、なんか良い感じの街だった。400年以上前の建造物が現存なのは確かにすごいことだ。自転車写真としても結構映える。

城の写真をいろんな構図で撮っていたら、インド人の観光客に話しかけられて、写真を撮ってやるといわれたのでお願いした。自分の写真はめったに撮らないので貴重だ。欲を言えば、城を左に、人物を右にずらした構図にしてくれると良かったなー。そうすれば城の形が水面に映っていい感じになったはずだ。でも好意にケチつけるわけにもいかんし、英語で構図の説明するのも面倒だし、諦めた。

諏訪湖に向けて出発した。松本塩尻線を走ってから国道20号に合流して南下する流れだ。勾配は大したことないのだが、ひたすら登りが続くので、三才山で一旦足を売り切った身としては結構辛かった。

高ボッチ山の横を通ってひたすら登っていくと、塩尻峠に到達する。ここでまたも中央分水嶺を超えて、信濃川水系から天竜川水系に移ったことになる。峠を越えると、諏訪湖八ヶ岳が一望できてめっちゃ達成感がある。

ひたすら下ると、諏訪湖に着いた。諏訪湖の周りは全周がサイクリングロードになっていて、景色も良くて心地よく走れる。湖畔を半周して、適当に座って読書などしていたら、いい感じに日が暮れた。

この日の宿は、またも快活クラブである。田舎の快活クラブは値段設定が安い。しかも、ナイトパックが8時間でなく12時間になり、休日料金2000円強、平日なら1800円強で泊まれることになる。ナイトパックを成立させるには20時以降のチェックインにしないといけないので、それまで適当に時間を潰すのが肝要だ。

翌朝。諏訪大社に寄ってみた。諏訪湖を挟んで上社と下社があるらしいが、上社の方だ。清廉な感じがして良いところだった。

また20号に乗ってひたすら南下を開始して、甲府方面に向かった。もう中央分水嶺は超えたのだから、あとは下るだけで甲府盆地までいけるのかと思いきや、そうではない。諏訪盆地は天竜川水系で、甲府盆地富士川水系なので、また峠を越える必要があるのだ。それが富士見峠である。前日までの登りに比べれば大したことないが、それでも結構体力を必要とした。

意外だったのは、富士見峠を越えてからの下りの長大さだ。登った距離感よりも下った距離感の方がはるかに長く、富士見町を抜けて北杜市を抜けて甲斐市に至るまでずーっとずーっと下っている感覚であった。諏訪盆地の標高がかなり高いということだろう。ひたすら下るのはとても楽だと思いつつも、もし逆向きに上る羽目になったら結構萎えるだろうなと思った。

さて、北杜市といえば、スーパーカブ聖地巡礼である。わざわざそのために来るようなところでもない気がするが、せっかく通りかかったのだから、見ていこう。まずは、小熊がトラックに煽られた釜無川橋。

スーパーおの。店内には聖地巡礼コーナーがあった。そば弁当や惣菜がやたら安かったのでここで昼食にした。田舎は物価が安くていい。やっぱ都会で稼いで田舎で使うのが理想だな。


武川高校(実際は武川中学)とシノさんのバイク店(Kuma's Factory)。後者は昔いいともとかに出ていた芸術家の篠原勝之氏のアトリエだそうで、鉄の謎オブジェが置いてあった。


作中で何度も出てくる牧原の交差点。なぜ交差点をわざわざ描写するのか考えるに、別れと意思による選択の象徴なのかなと。

小熊がエンストしてリザーブタンクについて学んだコンビニ。私もリザーブタンクの機構には何度も助けられたものだが、最近のバイクはデジタル燃料計があるからリザーブタンクなんてついていないので、知らん人には共感しにくいエピソードかもしれない。

あとはもうお気楽に下って、甲府市に入った。長野県内ではまだ桜は咲いていなかったが、山梨県に入るともう満開で、タイムスリップしたような気分になった。甲府城の桜を見ながら休憩。


武田氏の館跡である神社にも行ってみた。その途中にある武田通りの桜並木が結構有名らしい。


甲府で一泊してから20号で東京に帰ろうと思っていたが、雨が降ってきて、また翌日も大雨の予報だったので、ここで切り上げた。以前に東京から20号で甲府までは来たことがあるので、それと合わせてQix的なループを完成させて領土化できたことにしよう。信玄像の前で記念写真を撮って終了。中央線で輪行して帰宅した。気軽に旅程を変更してこそブロンプトンの旅だ。

旅を終えて、学習した点がいくつかある。まず、快活クラブはかなり良いので、今後も使っていこう。個室であれば防音は十分だが、多少の音漏れと空調の音はあるので、より安眠するためには耳栓を持っていった方がいいかも。また、100km以上の走行を連日すると尻の痛みが蓄積してくるので、今回履いたパールイズミコミューターインナーパンツよりもグレードが高いものを買った方がよさげだ。バックパックを背負っていると尻の負担が増すので、旅の途中ではバックパックをハンドルにぶら下げていたが、それだとそうするとハンドル操作が緩慢になって危険なので、やはりブロンプトン専用フロントキャリアバッグを導入した方が良さげだ。そして、最近導入した偏向サングラスは長旅にも絶大な効果がある。一日走り回っても目の疲れが全くなかったし、風景がめっちゃ綺麗に見えた。あと、400kmを越えるツーリングだと、出発前にチェーンオイルを差していても、後半は油切れになってチェーンが鳴き始めてしまう。醤油差しみたいなものに入れて予備のチェーンオイルを持っていった方がよさげだ。

今後、よりサステナブルな自転車旅行をするためには、食料についても考えた方がいいだろう。快活クラブで宿泊費を劇的に節約すると、今度は食料費の割合が気になってくる。水は公園で補給すればいいとして、食費をどうやって抑えるかは考えなければいけない。走行に必要なカロリーを炭水化物で摂り、筋肉の再生に必要なタンパク質を肉や魚で取ることも道中では必須だが、レストランやコンビニで3食済ませると金がかかりすぎる。タンパク質に関してはプロテインの粉を持っていくのが率直な解だろう。シェイカーのボールだけドリンクボトルに入れていけばシェイカーとしても使えそうだ。炭水化物に関しては、1日や2日であれば羊羹とか乾パン的なものを持参すれば良さそうだが、それより長丁場になると難しい。乾し飯とか作るかなぁ。今後の課題だ。

あと一個だけ言いたいことがあるのだが、地方の幹線道路には、路肩に尿らしき液体の入ったペットボトルがめっちゃ落ちていて、非常に嘆かわしい。たまに見かけるとかいうレベルじゃなくて、無数に見かけるのだ。車中で我慢できなくてペットボトルの中にしてしまうのは個人の自由なので構わないのだが、なぜそれを道端に捨てるかな。車に乗ってんだから、そのまま持って帰ってから処理すればいいじゃないか。自分が一瞬楽するために、公共の道を永遠に汚染するとは、非道の至りだ。ペットボトルに入れているおかげで、何年経っても自然に還らないので、一部の馬鹿の行為の結果が蓄積されていく。つか、民度が低すぎるだろ。同じ国民として恥ずかしいので、マジでやめてほしい。