豪鬼メモ

一瞬千撃

ブロンプトンにジェニーサスを装着

折り畳み自転車ブロンプトンのリアサスペンションブロックをサードパーティのジェニーサスに換装して、乗り味を変えてみた話。結論としては、かなり走りやすく、もっと乗りたいと思える自転車になった。


ブロンプトンのフロントサスペンションはリジッド(固定)だが、リアサスペンションの接合部にはショックアブソーバーがついている。この部品はリアサスペンションブロックというらしいが、モデルによって素材や硬さが異なっている。「サスペンション」とは本来はショックアブソーバーのことを言うのではなく、本体と独立に動くホイール周辺の部品全体を表す言葉なのだが、本稿ではショックアブソーバーの意味でも「サス」という言葉を使う。ブロンプトン標準のサスについてはこの動画に解説がある。
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私の2016年モデルではエラストマーでできたFIRMバージョンがついている。これは体重70kgから110kgまでを想定したもので、私の70kg弱の体重をかけても全く動かないほど硬い。経年劣化で硬化したのかもしれないが、購入当初から固くて、私はこれがリジッドサスだと思っていたくらいだ。2017年以前のモデルでは、このFIRMバージョンと、標準バージョンのどちらかがついているらしい。標準バージョンは70kg未満を想定していて、70kg以上の人が乗ると逆にやたら柔らかくて乗りづらいとの評判だ。柔らかすぎると、ペダルを下に踏み込んだ力がサスを縮めるのに使われて効率が悪化したり、段差などの強い衝撃で底付きしたりする問題がある。2018年以降のモデルではポリエステルでできたものに変更されて、以前のFIRMバージョン相当の硬さになったと本家に説明がある。

私としては、旧FIRM(=新標準)だと固すぎるが、旧標準だと柔らかすぎるだろうから、その中間的な硬さのものが欲しい。基本的には硬い方が運動性能は高いので、短距離のスポーツ走行をしたいならむしろリジッドサスを選ぶべきだ。しかし、最近遠出をすることが増えてきたので、もうちょい快適寄りに振った乗り心地にしたいのだ。主に平地を長く楽に走りたいとなると、強い踏み込みをしないので、サスが柔らかくても力が逃げることはない。また、サスが後輪の揺れを吸収して車体の揺れを緩和できれば、その分だけ路面の凹凸によるインピーダンスロスが減ることになる。もしくは、サスによるインピーダンスロスの低減を当てこんで、タイヤの空気圧を上げてヒステリシスロスを減らす設定にしてもよい。いずれにせよ、長距離を走るなら柔らかいサスの方が良い。かのアレックスモールトンも高品質なサスによる快適な走行性能を売りにしているくらいだし。

サードーパーティ製のパーツが数多く出されているのがブロンプトンの魅力のひとつだが、リアサスペンションブロックにもいろいろな製品がある。特に有名なのが賀茂屋と松村鋼機のものだ。両者とも金属のバネで初動性を確保しつつエラストマーを併用して底付きを防ぐ構造になっていて、合理的な設計に思える。各所のレビューをみる限り、両者とも評判は良いようなので、仕様だけを見て決めよう。まず値段だが、賀茂屋が5500円で松村鋼機が9300円だ。重さは賀茂屋が100gで松村鋼機が94g。機能性はほぼ同じだが、賀茂屋は芯だけ変えて硬さの調整ができるらしい。ここまで聞くと、賀茂屋を選ぶのが自然かな。

賀茂屋の方はジェニーサスという製品名で、ブロンプトン乗りの間では定番っぽい。バネの硬さでソフトかハードかを選択できて、さらに中に入れるエラストマーの硬さがソフトかハードかスーパーハードか選べて、合計6通りの硬さから選択できる。バネの硬さは購入時に決めることになるが、エラストマーはオプションで買って後で入れ替えられる。レビューをいくつか見ると、体重70kgを境ににバネのソフトかハードかの適正が別れるという。ソフトのバネにはデフォルトでソフトのエラストマーがついてきて、ハードのバネにはデフォルトでハードのエラストマーがついてくるそうな。私は70kg弱なので、ソフトのバネとソフトのエラストマーの組み合わせで問題ないだろう。後でもうちょい固くしたくなった場合には、エラストマーを変えて対応すればいい。

さて、ワイズロードの池袋店に問い合わせたら在庫があるとのことで、早速行って購入してきた。グリスも必要なので一緒に買った。取り付け作業は10mmスパナかモンキースパナだけあればできて、マニュアル通りに進めれば簡単だ。「上エラストマー」が最初から「カップリング」と一体化していることと、カップリングには表裏があって、開口部が大きい方がスプリングに接する側になることには注意。

興味深いのは、組み立て後のジェニーサスの無荷重の状態での高さが純正サスより高いことだ。よって、ジェニーサスのバネを押さえつけて縮めた状態で設置するのだが、これはプリロードをかけているのとほぼ同義だ。ナットを締め込むことで、荷重に対するストローク量の調整ができる。とはいえ、締め込みによる調整は微調整程度と考えた方がいいだろう。とりあえずは純正サスと同じくシャフトの先端がナットからギリギリ見える程度にしておくべきだろうが、私の体重70kg弱は「ソフト・ソフト」が想定しているであろう上限ギリギリであることを鑑みて、0.5mmほど締め込みを強くしておいた。

ところで、ジェニーサスからキーキーと音が鳴るというレビューを見かけたのだが、そこでは経年劣化が原因だと見做していた。しかし、おそらくグリスを塗り忘れたか、グリスが枯渇したかが真の原因だろう。経年劣化で樹脂が固くなることはあっても、それだけで音が鳴ることはない。音が出ているならば、摩擦が原因に決まっている。そして摩擦は潤滑の不足から来るので、まず疑うべきはグリスだ。というわけで、ちゃんとグリスを塗るべし。ワイズロードの店員さんによると、「自分なら硬めのグリスを使うが、正直言って別にシマノの汎用グリスで全く問題なく、適当なグリスを持っているならわざわざ買う必要もない」とのこと。持っていないからとりあえずそのシマノのグリスが欲しいと言ったら、ちゃんと一番小さいのを勧めてくれた。いい人。

取り付け後、空車1G沈下量(誰も乗っていない状態でサスが沈む量)と乗車1G沈下量(ライダーが乗った状態でサスが沈む量)を比べるべく、写真を撮った。空車1Gでは、全く沈下しなかった。乗車1Gでは、3mmくらい沈下している。乗車1Gから反動をつけて体重をかけるとさらに6mmくらいは沈むことも確認した。オートバイだと乗車1G沈下量が最大ストローク量(可動範囲)の3分の1になるのが理想と言われるが、それに近い感じになっている気がする。





なぜ乗車1Gの静止状態で衝撃を与えてもないのに沈下していなければならないかというと、路面の凹凸の凹を踏んだ時にサスが伸びる余地が必要だからだ。また、タイヤが横滑りした時にサスが伸びることで多少踏ん張ってくれる効果もあるらしい。一方、凸を踏んだ時にはサスが縮む余地が必要で、その衝撃の方が大きいので、乗車1G沈下量よりもそこからのストローク量の方が大きい方が望ましい。その経験則による黄金比が1:2というわけだ。底付きするまでの最大ストローク量はわからないが、今回の設定だと1:2から1:3の間にはなっていると思う。純正FIRMサスでは乗車1G沈下量がほぼゼロだったことを考えると、この点だけを見ても明確に改善したと断言できる。

実際に街中を走り回って乗り心地を確認した。期待した通り、純正サスには全くなかった柔らかさが乗り味に出た。それでいてペダルの踏み込みで動いたり段差で底付きしたりするようなヘナチョコ感はない。点字ブロックを踏んだ時などに、違いがよくわかる。主に手に感じるフロントサスの振動と、主に尻と足に感じるリアサスの振動を比べれば瞭然だ。リジッドサスであるフロントサスの振動は以前と変わらず「ビリビリ」「ガクガク」と来る。一方で、ちゃんとしたバネにしたリアサスの振動はより柔らかい「プルプル」「ブルブル」といった感じになった。これは、いいものだ。

バネだと振動の収束が遅くなりそうな懸念もあったが、エラストマーの芯があるおかげか、車体が振動した後の落ち着きも良い。エラストマーの芯が縮んだ時に太くなってバネの隙間に入り込む構造になっているのが奏功しているのかもしれない。結果として、長距離を乗っても疲れにくくなり、ケツが痛くなるまでの猶予時間も伸びることが期待できる。フロントサスにも同じような衝撃吸収力があったらいいなとも少し思ったが、ないものねだりだ。とりあえずはリアサスだけしっかりしていればいいだろう。一般のロードバイクの前後荷重比は45:55くらいでリアの荷重が大きいらしいが、ブロンプトンの車体形状からするとそれよりもさらにリアの比率が大きそうだ(追記:後日調べたら、38:62だった)。となると、フロントサスの振動が尻に伝える力は小さい。手に来る振動はもちろん無視できないのだが、現状で手が痺れて困ってはいない。フロントがリジッドサスだと、微妙な路面状況の変化が把握しやすかったり、クロモリフレームの美点である適度なしなりを直接的に感じられたりするという利点も一応はある。

スラローム走行もしてみたが、これがまた心地が良い。接地感はタイヤやショックアブソーバーを荷重で潰している時の反力で生じるものらしいが、適度に収縮するリアサスを搭載したことで、リアの接地感をより良く感じられるようになった。鋭く曲がった場合、カーブの頂点を過ぎた後に潰れたサスが復元して尻を押し返してくる感覚が気持ち良い。その勢いを使って体勢を立て直して次のカーブに向けての切り返しをすると、とってもスポーティなことをしている気分になる。

バネもエラストマーもソフトを選んだので、柔らかすぎるのではないかと心配したが、それは杞憂であった。体重70kg未満の人はソフトで問題ないと思う。わざわざサスを変えたのだから、まずはソフトな乗り心地を体験したいものだ。しばらく乗って、もうちょい硬い方が良いと思ったら、エラストマーだけハードやスーパーハードに変えてもよいだろう。バネの色は、ハードだとブラックで、ソフトだとクリアなのだが、わざわざブラックエディションのブロンプトンを選んだ私としては、欲を言えばブラックが良かった。しかし、乗り心地から考えればソフトにして良かったわけで、是非もなし。

ところで、サスが柔らかすぎるとペダルの踏み込みでサスが縮むことで動力のロスが発生するという話がある。MTB界隈ではペダルボブと呼ばれる現象だ。ペダルの踏み込みで推進に貢献しない変形を起こせば、必ず一部は熱エネルギー変わって無駄になってしまう。そのエネルギー損失は無視できないので、ヒルクライム用のロードバイクは、サスがリジッドなのはもちろん、フレームがたわまないようにできるだけ剛性を高めているくらいだ。しかし、平地を普通に走っている限り、実際にはサスはそんなに動かない。ペダルの踏み込みがトラクションに一定の貢献をしている限り、アンチスクワット効果が働くからだ。一般的には、スイングアームを後ろ下がりにすることと、ドライブスプロケットとドリブンスプロケットの中心軸を結んだ線よりも上にスイングアームのピボットを置くことで、アンチスクワット効果は発生する。ブロンプトンでは前者だけで賄っているっぽい。リアショックアブソーバーがついているのだから、アンチスクワット効果についても考慮されていて然りだ。私が実際にサスの動きを見ながら普通に漕いでみても、踏み込みによってサスが動いていると感じることは稀だ。ペダルの下死点での地上高とクランク長でクランクの中心の高さが決まり、アンチスクワット効果のためにはそれよりも低い位置に後輪の回転軸を置かねばならないので、必然的に小径車になってしまう。逆に言えば、小径車だからこそ、そこそこ動くショックアブソーバーを使ってもペダルボブが起きないようにできるのだ。美しいとしか言いようがない。

それでもサスが動きすぎるという感想を持つ場合、サドルが低すぎて、ペダルの下死点付近でも踏み込んでしまっているのではないだろうか。下死点で足が伸び切るちょい手前になるくらいの適切な高さにサドルを設定すれば、下死点付近で踏み込むことが難しくなるので、無駄にサスを動かす力を与えないで済む。また、踏み込んでいる足と逆の足がペダルの進行の邪魔にならないように持ち上げる「消極的引き足」をすると、両足から車体に伝わる荷重の総和の増減が緩和されて、サスにかかる力も低減される。要は、ペダリング効率を上げることだ。登坂で立ち漕ぎしなければならない場合はそうも言っていられないが、街乗りでそこまでの坂はそんなに出てこないだろう。信号等で止まった後の漕ぎ出しで一気に加速したい場合も多少のロスがあるだろうけど、それはたった数秒であり、全体の乗車時間に占める割合は小さい。そもそも無駄な急加速をすれば疲れるのは当たり前だ。総じて、サスは程よく動く方がいいはずだ。そうでなければ、舗装路最速を目指したモールトンがリジッドサスでないのはおかしいことになってしまう。もし登坂やスプリントが主目的であれば、リジッドサスかそれに準ずる硬いサスを選ぶべきだろうが、そもそもブロンプトンもモールトンもそういうのを主眼に置いた車種じゃない。

総評。ジェニーサスは買って良かった。街乗りでの乗り心地が明確に改善し、デメリットは感じられない。乗り心地が良いというだけで、特に理由もなくサイクリングしたくなる。毎日のように乗るなら、あるいはたまにでも10km以上乗ることがあるなら、5500円を出す価値はある。つか、2018年より前のモデルの標準のFIRMサスは、標準体型の多くの日本人には硬すぎだろう。たしかに、軽量化のために樹脂製にするのは仕方なく、大柄な外人に合わせた設定がデフォルトになっているのも合理的だ。だが、デフォルトのままだと最適な乗り味だとは言い難いというか、せっかく高い自転車を買ったのに勿体無い。サスの良し悪しを意識するのはそこそこ熱心なユーザだけだろうが、熱心なユーザがサードパーティのサスを購入するのは当然の流れとも言える。サードパーティのサスの中でジェニーサスが最善なのかはわからないが、とりあえず私は満足している。

私より体重がずっと軽く60kg以下の人はおそらくジェニーサスを買ってもあまり動かないので、旧標準サスを探すか、他のもっと柔らかいサスを買う方が良さそうだ。私より体重がずっと重く80kg以上の人は、新標準サスや旧FIRMサスでも適切な動きになるので、旧標準サスを使っているのでなければ、わざわざサスを変える必要はないかもしれない。私のように体重70kg付近の人は、ジェニーサスがうってつけだと思う。いずれにせよ、本文に書いたように、乗車1G沈下量を事前に確認した方がいい。

なお、後でStoneの楕円スプロケットに換装したりO.Symetricの楕円スプロケットに換装したりしたのだが、それらもこのジェニーサスと良い相性だ。

ついでだが、加茂屋の「ブロンプトン用フルカバー輪行袋 ALWAYS-JP」もかなりいけてる製品で、私も愛用している。畳んだ輪行袋ブロンプトンのフレーム内に収納できる。日本では電車輪行やバス輪行の際には輪行袋は必須だが、いつもフレーム内に入っていると安心だ。こういう便利商品を作ってくれる企業には好感が持てる。