豪鬼メモ

一瞬千撃

ブロンプトンを簡易フロント2速化してヤビツ峠攻略

ブロンプトンのクランクにチェーンリングを2個つければフロント2速化が簡単にできる。手や足でチェーンをずらして手動で変速することにすれば、フロント用のディレイラーをつける必要がないので、導入も楽だし重量増加も少ない。結果として私の外装2速モデルは実質的に外装4速になり、登坂能力が劇的に向上した。街乗り小径車なのに峠も走れる頑張り屋だ。これにより、まぼろし坂もヤビツ峠湘南平も走破できた。

概要

8年前、折り畳み自転車を買いにLORO世田谷に行って、店員さんとしばらく相談した上でブロンプトンを買った。その店員さんもブロンプトンの乗り手らしく、使い勝手や性能などを詳しく説明してくれた上で、「ブロンプトンならどこでも行けますよ」と宣った。もちろんそれが比喩表現であることは互いに了解しているわけだが、走行性能や乗り味や可搬性を含めた総合的な機動性の観点でブロンプトンに利があることを端的に示す台詞だったと思う。その売り文句に乗って購入したブロンプトンだが、店員さんの予言通りに私のニーズに適う製品であり、8年間私の友として大活躍している。しかし、文字通りに「どこでも行ける」と言うには明確に足りない部分がある。それは、オフロードと峠の走破性である。オフロード走行に関してはオフロード用のタイヤを履けば多少はマシになるだろうが、それでも明らかに小径車向けの仕事ではなく、そして私はオフロード走行には今のところ興味がない。問題は、峠だ。私はヒルクライムを目的として走ることはあまりないが、ロングライドの道中で峠道が立ちはだかることは普通にある。ロードバイクにも乗る私としては、ロードバイクで行けるところならブロンプトンでも行ってやろうと思うのだ。なので、ブロンプトンでも峠道を走破できるようにカスタマイズしたい。具体的には、フロントダブルにしてロードバイク並みに軽いギアを使えるようにしたい。クランクさえ対応していれば比較的簡単にできそうだったので、実際にやってみた。そして、今なら「ブロンプトンなら(オンロードであれば)どこでも行ける」と言えるようになった。

ブロンプトンの純正のクランクはチェーンリングを一つしか装着できない構造なので、汎用のクランクに変えるのが前提となる。私はスギノのRD2ショートクランクに換装しているので、その条件を満たしている。であれば、あとはチェーンリングを追加するだけで、フロントの手動2速化が達成できる。以下の動画で紹介されている方法はアウターとインナーが結合したクランクを装着するためにBBの換装までしているが、アームの表と裏にそれぞれチェーンリングをつけられるクランクを選べば、BB換装は必要ない。というか、純正以外の大抵のクランクは2枚付けが可能だ。
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フロントディレイラーを装着しなくても、手でチェーンをずらしてチェーンリングを切り替えることは可能だ。信号などで止まった際にでも、右手でフレームを持ち上げつつ、人差し指を伸ばしてチェーンを押すか引くかして、左手でクランクを回転させればいい。指先がちょっと汚れるが、作業自体は10秒もあればできる。ちょっと練習すれば、走りながら靴底でチェーンを押して変速することも可能だ。アウターからインナーに落とす際には、右足の底の縁でチェーンを内側に5mmほど押しながら左足でペダルをゆっくり踏めばいい。インナーからアウターに上げる際には、右足のつま先をチェーンの内側に引っ掛けて、外側に5mm押しながら左足でペダルをゆっくり踏めばいい。頻繁にこの操作をするのは現実的ではないが、フロントの変速はたまにしかしないのであれば、それで十分だ。


フロントのアウターとインナーの2つのギアを「漢モード」「乙女モード」などとして明確に分けて使うのがおすすめである。普段はアウターのみを使い、トルクとケイデンスの調整はリアの変速のみで行う。元々ついているチェーンリングはアウターの漢モードとして運用することになる。私がブロンプトンの外装2速モデルに乗るにあたっては、基本的には普段は重い2速(11T)で走り、きつめの登坂だけは軽い1速(18T)を使う運用をしている。街乗りはそれで十分だ。しかし、ツーリングで峠を走破するとなると、漢モードの1速では登り切れるか怪しくなってくる。そんな時だけは、インナーの乙女モードに切り替えて走る。乙女モードの1速ならどんな激坂でも登れる。峠道の道中で現れる平坦や緩斜面は、漢モードに戻さずとも、乙女モードの2速で軽快に走れる。

フロントを2速化すれば、リアとフロントを掛け合わせて変速段数が2倍の自転車を手に入れることになる。私の場合、変速比がそれぞれF39/R18=2.16、F52/R18=2.88、F39/R11=3.54、F52/R11=4.72の4速になった。普段は漢モードの2.88と4.72で運用し、峠や激坂では乙女モードの2.16と3.54で運用している。乙女モードを使う頻度は低いけれど、その保険があることでどんな場所にも怯まず挑戦していける安心感が持てるので、行動範囲が広がった。

背景

私は以前からO.Symetricの52Tの楕円チェーンリングを愛用している。それを導入する前は、Stoneの50Tの楕円チェーンリングを使ってもいた。両方とも楕円(厳密には非真円と呼ぶべきだが)だし、52Tと50Tなので踏む重みも大して変わりはないのだが、楕円率が高いO.Symetricの方が気に入っている。とはいえ、登坂性能に関しては若干軽いStoneの方が良いので、峠に行くとわかっている場合にはStoneに付け替えるのも良い。とはいえとはいえ、チェーンリングを付け替える作業はそれなりに面倒くさい。だったら、両方つけておけば良いと考えたのが、今回のカスタマイズの発端だ。

フロント2速化の際に注意すべきは、チェーンリングをクランクアームの内側につけると、チェーンステーの根本と干渉する可能性があることだ。インナーのチェーンリングが真円40Tならば歯先がチェーンステーに届かないので大丈夫だが、それより大きくて厚さがあるチェーンリングを使う場合、干渉する可能性がある。とはいえ、ブロンプトンの純正BBを普通に装着しているなら大抵のチェーンリングをインナーにつけても大丈夫だろう。純正BBのシェル幅は68mmで軸長は119mmだが、左テーパーが26mm、右テーパーが25mmになっている。多くの社外品のBBは軸長118mmだが、左右のテーパーが25mmだ。つまり、軸長118mmの社外品BBをつけても右テーパーの長さは変わらない。それより短い軸長のBBに換装しているとリスクが増す。あとは、クランクアームの角度や厚さもリスク要因だ。もし干渉したなら、チェーンリングとBBとクランクのどれかを替えるなり改造するなりスペーサを入れるなりして対処せねばならない。私の場合はギリギリ大丈夫だったが、実際につけてみないと大丈夫かどうかわからないのは困ったものだ。

アウターをO.Symetric楕円52T、インナーをStone楕円50Tにして乗ってみると、何度も双方を切り替えて比較できるので、微妙な違いがよくわかる。結論としては、エルゴノミックな形であるO.Symetricの方が数学的な楕円形であるStoneよりも明らかに良い。O.Symetricの方がパワーゾーンでの加速にパンチがあり、リカバリゾーンでの足運びが軽いので疲れにくい。

O.Symetricを漕いだ直後にStoneを漕ぐと、トルクにうねりを感じる。双方を重ねるとわかるが、O.SymetricとStoneの最も顕著な違いは、クランク角5時と11時の位置でStoneが出っ張っていることだ。O.Symetricの漕ぎ方に慣れていると、普通の楕円が持つ5時と11時の重さに違和感を感じるようになる。私は2時から4時のパワーゾーンが過ぎた後の抜重を速やかに行うので、5時の入力は小さい。その対角である11時でも入力が小さいのだが、それは膝関節の後死点が10時半なので11時では膝を伸ばす力が弱いのと、股関節が屈曲しきって1時に上死点を迎える前なので股を曲げる力が弱いことによる。この話はサドル位置の議論で詳しく述べた。O.Symetricはその事情を如実に反映した形状になっているが、Stone等の普通の楕円はそうではない。StoneからO.Symetricに切り替えても違和感は感じないが、逆は違和感を感じる。とはいえ、この程度の違いは5分も漕げば慣れるし、好みの問題に過ぎないとも言える。

Stoneの楕円チェーンリングは角度をずらせる。最長径が早めに来るようにずらせば、O.Symetricと似た乗り味にできる。楕円率(長径と短径の比率)はO.Symetricの方が大きいので楕円っぽさは敵わないが、ずらしたStoneもそこそこ乗りやすい。安価に楕円チェーンリングを試したいならStoneはおすすめだ。そして、楕円の乗り味が気に入ったら、きっとO.Symetricが欲しくなるだろう。

O.Symetricと純正の真円54Tを両方つけて乗り比べもした。結果として、楕円(非真円)は真円より漕ぎやすいと再確認できた。ロングライドで大腿四頭筋を売り切って膝が笑う事態を避けるには、クランク全周でなるべくトルクの変動が少なくするのが重要だ。言い換えれば、パワーゾーンでのトルクの突出を抑えるべく、リカバリゾーンでもそれなりのトルクを出すことが重要だ。楕円だと自然にリカバリゾーンのトルクが上がるが、真円で同じことをしようとすると各所の筋肉が攣りそうになる。真円と楕円のそれぞれに適した乗り方があるので、他方の乗り方をすれば無理が出るのは当然とも言える。真円を漕いでから楕円に切り替えて漕ぐと、リカバリゾーンでの足運びが軽く感じ、パワーゾーンでの踏み込みが重く感じる。逆に、楕円を漕いでから真円に切り替えて漕ぐと、リカバリゾーンでの足運びが重く感じ、パワーゾーンでの踏み込みが軽く感じる。特に真円でパワーゾーンがスカスカなのが気持ち悪い。スカスカなのを軽快だと感じる人もいて、だからこそそれを追求したバイオペースみたいな製品も出てきたのだろう。しかし、パワーゾーンは重い方が推進力を生みやすいし、リカバリゾーンは軽い方が楽に漕げる。真円と楕円の両方を持っている人は、ロードバイクでもクロスバイクでもいいから、双方を同時につけて切り替えながら乗ってみてほしい。おそらく多くの人は私と似たような結論に至ると思う。

RD2クランクに手持ちのチェーンリングを複数つけて問題なく走ったり変速したりできることが確かめられた。アウターでもインナーでも走行に特に問題はなく、ディレイラーを使ったリアの変速も問題なくできることも分かった。手や足を使ったフロントの変速も、少し面倒ではあるが実用に足る使用感であることもわかった。これは結構良いアイデアなので、同じようなことをしている人がいないかと思って探したら、ばっちりいた。曰く、「それでも『切り札』としての軽いギアがあると、すごく便利です」とのことだが、それに激しく同意の赤べこ状態だ。フロントディレイラーがないので変速機構がないと見せかけて、実は切り札があるというのが素敵なのだ。まあ私の場合、11-18Tのワイドレシオにしたリアスプロケットの1速が既に切り札なので、フロントチェーンリングの1速を組み合わせるのは超必殺技といったところか。ところで、件の記事では、クランクを逆回転させてフロント変速する方法が紹介されているが、リアが外装2速だと逆回転の方法はうまくいかない。チェーンをずらして逆回転させるとガイドプーリーとテンショナープーリーの間でチェーンが詰まってしまうからだ。なので、ちょっと面倒だが、後輪を持ち上げて正回転させる方法が無難だ。
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製品選定

さて、本来の目的は、ブロンプトンでも峠を走破できる性能を手にいれることだ。リアスプロケットに18Tを導入したとはいえ、その程度では登りが10kmとか続く峠には対応できない。峠の麓に到達するまでは漢モードであるO.Syemtric 52Tを使うとして、峠を走るための乙女モードの小さいチェーンリングを入手せねばならない。楕円チェーンリングが好ましいことは改めて確認できたので、インナーも楕円で、かつ最も小さいものを選びたい。

私が使っているロードバイク(フロント50-34T、リア11-28T)では、箱根峠も難なく走破できた。できれば同じくらいの軽さの変速比を手に入れたい。700C*23Cのタイヤの外周は2096mmで、最小変速比は34T/28T=1.214で、170mmのクランク周長は1068mmなので、ペダルとタイヤの推進比は2096*1.214/1068=2.382である。つまりペダルを1cm動かすと車体は2.382cm進む。同じ計算をブロンプトンの漢モードの1速でしてみる。16x1-1/3のタイヤの外周は1340mmで、最小変速比は52T/18T=2.888で、165mmのクランク周長は1036mmなので、ペダルとタイヤの推進比は1340*2.888/1036=3.735である。つまりペダルを1cm動かすと車体は3.735cm進む。これはロードバイクと比べると1.56倍も重い。チェーンリングを変えてそれを是正するなら、52T/1.56=33Tを選べばいいことになる。

2022年に4速リアスプロケットをサポートする前の世代のモデルでは、チェーンステーのパイプが後方に迫り出しているので、リアスプロケットにつけられる最大のギアは17Tだ。私は歯先を削った18Tを無理やりそこにつけている。それ以上だとフレームに干渉してしまう。チェーンステーを無理やり歪めて幅を広げる方法もあるらしいのだが、そこまでやるならそもそもリアだけで4速化すべきだろう。今回はあくまでチェーンリングを付け替えるだけで済ませたいので、リアは18Tが最大というのは前提条件となる。

残念なことに、33Tのチェーンリングで利用可能なものは存在しない。ブロンプトンのクランクはBCD130(PCD130)という古い規格で、チェーンリングを支持する5本アームが長めなので、38Tより小さいとチェーンとアームが干渉してしまう。楕円だと短径で干渉しないようにする必要があるため、条件がさらに厳しくなる。O.SymetricのBCD130用は42Tが最小だが、それでもかなり無理していて、アームの縁がチェーンとぶつかってしまう可能性もあるらしい。O.Symetricだと44Tでも同じ問題があるっぽいので、O.Symetricは諦めた。クランクをBCD110規格のものに変えるという手もあるが、そうするとクランクとチェーンリングの両方を買うはめになるので、予算外だ。今回はBCD130でできる範囲を模索する。

楕円率を低くして少ない歯数にするか、楕円率を上げて多い歯数に甘んじるか、悩ましいところだ。で、ネットを彷徨ったところ、Roter Q-Ringsの39Tの中古が3278円と手頃だったのでポチった。Q-Ringsの楕円率は歯数によってまちまちだが、39Tだと1.07だ。O.Symetricの楕円率(楕円じゃないので厳密ではないが)は1.215もあるので、それに比べると控えめで物足りないが、歯数とのバランスを考えれば妥当なところだろう。O.Symetricの42Tのようにアームの穴が端っこぎりぎりというわけではないので、アームに干渉することはなさそうだ。
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楕円チェーンリングはQ-Rings以外にもRideaやらBaroqueやらWolf ToothやらAbsolute Blackやらの製品があるのだが、5本アームのBCD130かつ42T未満となるとなかなか見つからない。他の候補としてStoneの40Tも考えたが、楕円率はQ-Ringsと同じくらいだし、Q-Ringsの中古より値段が高かったのでやめた。楕円率が高いものだとSpecialitesのTA Ovalution 2の42TかO.Symetricの42Tを選ぶのが良いが、既に述べたようにアームとチェーンが干渉するリスクが高いのと、値段がやたら高いのでやめた。楕円率1.1くらいの40Tがあると嬉しいのだが、ないものは仕方ない。中古で該当するのが出たら買い替えてもいいかな。

フロント39Tをリア18Tと組み合わせると変速比は2.167になり、ペダル推進比は2.800になる。これが新たに加わる乙女モード1速の軽さだ。漢モード1速のペダル推進比3.734に比べるとかなり軽い。ロードバイクのインナー1速(34T/28T)のペダル推進比である2.383よりは重いが、インナー2速(34T/25T)のペダル推進比である2.669に匹敵する重さには到達する。私が以前ロードバイクで箱根峠を登った際には1速まで適宜使ったので、それが2速しか使えないとなると多少はきついだろうが、おそらく足をつくほど困ることはないだろう。その意味では、ブロンプトンの乙女モードで大抵の峠は登れるようになると思われる。楕円なので真円より少しは回しやすいことも期待される。

クランク長 タイヤ周長 フロント歯数 リア歯数 変速比 ペダル推進比
RFX8 Inner 1st 170 2096 34 28 1.214 2.383
RFX8 Inner 2nd 170 2096 34 25 1.360 2.669
Brompton Inner 18 165 1340 39 18 2.167 2.800
Brompton Outer 18 165 1340 52 18 2.889 3.734
Brompton Inner 11 165 1340 39 11 3.545 4.583
Brompton Outer 11 165 1340 52 11 4.727 6.110
RFX8 Outer 7th 170 2096 50 15 3.333 6.541
RFX8 Outer 11th 170 2096 50 11 4.545 8.919

変速比を広く取りたいなら、そもそも6速モデルにするという手もあったかもしれない。しかし、6速モデルは内装3速と外装2速の組み合わせであり、内装3速の遊星ギアの機械損失が大きいため、私は選ばなかった。ちなみに6速の構成はそれぞれクランク1回転で、1速=2.64m、2速=3.25m、3速=4.14m、4速=5.09m、5速=6.49m、6速=7.98mで進む仕様らしい。それをタイヤ外周1.34mで割れば、変速比が出る。つまり、1速=1.97、2速=2.42、3速=3.08、4速=3.79、5速=4.84、6速=5.95だ。一方で、純正クランクのクランク周長である1.068mで割れば、ペダル推進比が出る。つまり、1速=2.47、2速=3.04、3速=3.87、4速=4.76、5速=6.07、6速=7.47だ。6速モデルの1速は仕様上は非常に軽く、今回の乙女モード1速よりも軽いし、ロードバイクのインナー1速に匹敵する軽さだ。ただし、3速と4速以外は遊星ギアの変速を経た出力になるので、若干重く感じることだろう。だから駄目ってわけじゃなくて、6速モデルでも十分峠道は行けると思う。なお、6速モデルをさらに39Tでフロントダブルにすると24速になり、その乙女1速はペダル推進比1.92になる。それはロードバイクの超乙女ギアと呼ばれる34T/34T(変速比1.0)のペダル推進比である1.96とほぼ同じ軽さだ。誰得とも思うが、実際にそういう製品があるのだから、需要があるのだろう。ふじあざみラインとか暗峠とかだとそこまで必要なのかも。

余談だが、楕円チェーンリングの製品を探している際にシマノのバイオペース42Tの中古が3000円くらいで出品されているのをちらほら見かけた。1980年代に発売されたバイオペースは楕円チェーンリングではあるが現代のそれとは真逆の発想であり、パワーゾーンで軽くなるという仕様になっている。パワーゾーンで足とペダルを加速して慣性力でリカバリゾーンを回し切るという話らしいのだが、早々に絶番になったので効果は推して知るべし。足とペダルの慣性力は無視できない要素だろうが、慣性力は速度の2乗に比例するので、ケイデンスが高い時にこそ意味を持つ。しかし、ケイデンスが高くなるほどパワーゾーンが軽いと入力しづらくなるので、総合的に考えると損が多そうだ。現代の考えでは、パワーゾーンを重くして車体と乗り手自体を加速してその慣性力でリカバリゾーンを楽に回した方が良いってことになっているのだが、40年前は多くの人が本気で真逆のことを信じていたというのが面白い。現代の常識だって、ちょっと先の未来には全否定されているかもしれない。

そのバイオペースだが、アームをずらしてつければ現代の楕円チェーンリングっぽく使えるらしいという話を見て、一瞬ポチりそうになった。しかし、冷静に考えてみると、そんな簡単な話じゃない。バイオペースは元々はクランク12時の位置でチェーン噛合部が最長径で最も重くなる設定になっている。それをアーム1本分ずらせば2時24分(72度)くらいが最長径になり、アーム2本分ずらせば4時48分(144度)くらいが最長径になる。現代の楕円チェーンリングでは3時50分(115度)くらいが最長径になる設定が多いわけだが、そこから考えるとアーム1本分でも2本分でも外れ過ぎている。乙女モードはケイデンスが下がりがちの登坂で使うことを前提とすると、最長径が3時50分よりも前の3時半くらいに来るようにするのは一定の合理性がありそうだが、それにしてもアーム1本ずらしの2時40分は早すぎる。アーム2本ずらしの4時48分は遅すぎる。よって、バイオペースのずらしハックは却下した。

バイオペースの話をしたら、バイオペース的にパワーゾーンで軽くするとどんな感じなのか知りたくなった。よって、O.Symetric 52Tをいつもの通りアウターにして、Stone 50Tを90度ずらして3時半に最短径が来るように装着してみた。二つを重ねてみると、O.Symetricの短径部分の後ろでStoneのロゴがChoo Choo Trainの如く顔を出しているのが面白い。

バイオペース的角度のStoneに乗ってみると、予想通り、パワーゾーンがスカスカする。リカバリゾーンがやたら重くてなかなか回らずに待たされた後、パワーゾーンに来ると一気にペダルが回って一瞬で終わってしまう。良く言えば軽快だが、悪く言えば全然力が入れられない。面白い乗り味だけど、これは実用的とは言い難い。力が入れられないので、膝を痛めた人がリハビリに使うとかならいいかもしれない。軽くするだけなら変速比を小さくすればいいのだが、そうするとケイデンスが上がり過ぎてしまう。軽いのにケイデンスが上げられずに負荷が高まらないようにしたい場合はこのバイオペース的設定が良さそうだ。それは遅いという意味に他ならないのだが、まあ早く走るだけが自転車じゃない。一方、通常の角度設定にしたO.Symetricに切り替えると、真逆の乗り味が楽しめる。重く感じるのにケイデンスが上がって大きな負荷と推進力が発生する。それは速いという意味に他ならない。クランク角による踏み応えの差が小さく、常に推進力を発生させている感覚がある。負荷が高すぎるならば、それでちょい軽い変速比にすれば、軽快で速いというのを実現できる。やっぱ楕円は面白い。

取り付け

Q-Ringsの製品が到着した。思った通り、あんまり楕円っぽくない。長さを測ると、長径は169mmで短径は158mmだったので、楕円率は1.07という仕様が確認できた。重さを測ると、39gであった。純正のチェーンリングフィクシングボルトはチェーンリング1枚用の長さなのだが、ギリギリ2枚つけることもできる。しかし、それだと強度的には心許ないので、ダブル用のチェーンリングフィクシングボルトも買った。純正のフィクシングボルトとナットが合計21gで、ダブル用のフィクシングボルトとナットが合計26gだ。よって、重量増加は39-21+26=44gだ。場合によっては1mmのスペーサが必要と思って買ってみたが、それは5枚で3gだった。今回は必要なかったのでスペーサはお蔵入りだ。フロントディレイラーは当面つけないので、重量増加はそれだけだ。つまりデメリットは金額と手間の他は、44gの重量増加だけだ。それだけで峠の走破性が上がるのだから、やらない手はないだろう。ちなみに、純正の真円54Tはガード付きで147g、Stoneの楕円50Tは106g、O.Symetricの楕円52Tが96gなので、それらよりはかなり小さいQ-Ringsの楕円39Tが39gなのは妥当なところだろう。純正のガード付き54Tの重さよりはO.Symetric 52TとQ-Rings 39Tを合わせた重さの方が小さい。

Q-Ringsでは、最長径が3時36分(108度)くらいに来るのが標準的な設定だが、まずは118度が中心になるようにつけてみた。5本アームのうち、クランクの2個手前のものを「39x130」のラベルに合わせれば、その角度になる。インナーだけつけると、マウンテンバイクっぽい感じがしてちょっと新鮮だ。

ところで、Q-RingsのBCD130用39Tには、上述したStoneのものと同じく、取り付け用の穴が35個空いている。つまり、穴を1個ずらすと角度が10.28度変わる。ギアを左に穴1つ分傾けると最長径は3時15分(97度)くらいになり、右に1つ分だと3時56分(118度)くらいになる。Q-Ringsのギアの形は点対称だが、穴の数が奇数なので、穴の配置は点対称ではない。それぞれ穴の対岸には5.14度ずれたものが二つあるので、より細かい調整も可能だ。Q-Ringsの製品説明では、最長径が噛合部に来る時のクランクの位置をOCP(Optimum Chainring Position)と呼んでいる。OCPを設定しやすくするために、クランクの位置またはクランクの対岸の位置にあるアームのボルトを留めるべき穴のいくつかに1から5の数値を意味するマークがついている。標準は3であり、それで3時35分(108度)くらいが最長径になる。OCP=1(97度)、OCP=2(103度)、OCP=3(108度)のそれぞれの写真を以下に示す。わかりやすくするために、O.Symetricをインナーに、Q-Ringsをアウターにつけている。


Q-Rings公式の説明では、OCP=3のまま数週間ほど乗ってみて、慣れてきてから調整すべきらしい。とはいえ、私はすでにO.Symetricで楕円チェーンリングに適した入力方法には慣れている。よって、とりあえずOCP=2(103度=3時25分)にして運用してみることにした。その方がO.Symetricと近いトルク分布になるだろうからだ。12時付近で前への押し足で入力するのと、6時付近で後ろへの引き足を滑らずにするためには、12時と6時にはなるべくギアが軽くなっていてほしい。そうすれば、シッティングでの登坂がしやすくるはずだ。一時的に尻を前にずらした前乗りをしたりダンシングをしたりする際には最長径はもっと後ろに来る方がいいのだろうが、TTポジションをとるわけでもなければ、ずっと激坂を登るわけでもないので、シッティングで普通に漕ぐ際に入力しやすい設定の方が良い。乙女モードの時は登坂でケイデンスが落ちていることが多いのでピークパワー位置と最長径位置を近づけるべく3時くらいでも良さそうな気がする一方で、登坂では車体が前上がりになって乗り手は尻を前にずらして前乗りしたりダンシングしたりすることも多いので、その場合には最長径位置は4時くらいにあった方が良い。どの角度が最適かは乗り手の癖やコースによって変わるということだ。なので、OCP=2でしばらく乗ってみてから折を見て考えよう。ロードバイク乗りの間ではOCP=4(113度=3時46分)の方がむしろ人気なようだが、乗車姿勢の差だろうか。

アウターとインナーのチェーンリングの大きさに差がある場合、スペーサーを噛ませる必要があるかもしれない。インナーチェーンリングからリアスプロケットの1速にチェーンをたすき掛けする形になった時に、アウターチェーンリングの歯先とチェーンが接触する可能性があるからだ。私の場合、BBを締め込みすぎてチェーンリングの位置が正常値より内側にあるため、この問題が顕著になる。なので、クランクアームとアウターチェーンリングの間に1mmのスペーサを挟む必要があった。しかし、後にBBの位置を正常に戻したところ、スペーサは不要になった。軸長122mmとかのBBを使っている場合、むしろクランクアームとインナーチェーンリングの間にスペーサを噛ませて、チェーンラインを平行に近づける手もある。

実際にQ-Ringsをインナーに、O.Symetricをアウターにつけてみたところ、めっちゃかっこよくなった気がする。表から見ると、O.Symetricの奇妙な形が目立つので、その背後に隠れているQ-Ringsの存在には気付きづらい。ただ、真ん中の穴からQ-Ringsが見えているので、メカメカしさが少し増した印象になる。裏から見ると、フロント2速であることが明白になる。分かる人が見れば、フロント用のシフターがないのになぜだろうと疑問に思うかもしれないし、こいつは単なる街乗り仕様ではないなと気付いてくれるかもしれない。この隠れキャラ感がそそるではないか。


折り畳みにはちょっとした問題があることが発覚した。チェーンがインナーにかかったままでチェーンステーを折り畳むと、チェーンが余り過ぎて、テンショナーの上でチェーンが重なってしまう。折り畳むだけならそれでも問題ないのだが、この状態だとペダルが回せないので、ペダルを車体に沿わせる操作がやりにくい。チェーンを持ち上げてからクランクを回せばいいのだが、ちょっと面倒くさい。さらに、折り畳もうとした時にチェーンとチェーンステイが干渉して、うまく折り畳めないことがある。チェーンを短くすればこの問題は解決できるだろうが、そうするとアウターを使った時にチェーンテンションが高くなりすぎるのでやりたくない。現実的な解決策は、折り畳む前にはアウターにチェーンを掛け直す癖をつけることかな。アウターにかかっていれば従来と全く同様に問題なく折り畳める。ブロンプトンが純正でフロント多段化しない要因の一つは、おそらくこの折り畳みの問題もあるだろう。重要なことなので繰り返すが、必ず漢モードにして車体を折り畳むべし。

インナーチェーンリングとチェーンステーの間のクリアランスは、径が短い分だけ余裕があるので、問題なかった。楕円39Tの長径は真円41Tと同じくらいになると思うが、てことは真円41Tでもクリアランスの問題はなさそうだ。BBの軸長があと1mm短い118mmで大丈夫かどうかは、やってみないとわからない。上述したように、私のBBは右ワンが内側に寄りすぎている問題があったが、118mmのBBを正常位置に付け直してみても問題はなかった。

使用感

本命であるO.SymetricのアウターとQ-Ringsのインナーを併用する話に戻ろう。それらを取り付けて、まずは近所を走ってみた。インナーとリア1速で問題ないのはもちろん、インナーとリア2速でのチェーン斜め掛けにする組み合わせでも、アウターにチェーンが擦る問題は起きない。チェーン外れの問題もない。

乙女モード1速で走ると、めちゃくちゃ軽い。小野田クンではないので平地だと軽過ぎてまともな速度が出せない。ただ、2速にすれば普通に街乗りでも使える重さになるので、乙女モードだけで生活するのも無理ではない。これで毎日秋葉原に通えばインターハイ優勝も夢ではない、というのは大袈裟にしても、ケイデンスを上げる練習にはなりそうだ。高ケイデンスでも尻がバウンドしないようにするには、足やペダルにかかる慣性力を打ち消す力をかける必要がある。つまり上死点前に下方向に力をかけねばらならいし、下死点前に上方向に力をかけねばならない。しかしそれをやりすぎるとペダリング効率が悪化するので、うまいこと力の加減をしないといけないし、力を入れたり抜いたりするタイミングを合わせるのも回転が上がるほど難しくなる。練習あるのみ。

さて、登坂だ。東京で登坂といえば、最大勾配29%、高輪の「まぼろし坂」である。乙女モード1速ならもしかしてシッティングでもいけるかなと思ってやってみたら、何と、いけた。しかも、そんなに頑張らないでも危なげなく登れた。前輪が浮くほどの勾配でも、乙女モード1速ならシッティングのままで十分な推進力を生み出せる。漢モード1速ではダンシングしても死ぬ気で漕がないと止まってしまう恐れがあったが、乙女モード1速のダンシングなら余裕だ。ブロンプトンのくせに凄いぞ。

ここまで登坂能力が上がったのは、フロントが39Tになって変速比が小さくなったのが最大の要因だろう。加えて、楕円率が1.07と控えめだとはいえ、楕円チェーンリングであることも効いていそうだ。ケイデンスが低くても上死点でのひっかかり感が少ないし、その割にはパワーゾーンでの踏み応えはあるので、ケイデンスが高くなっても入力がしやすい。言い換えると、楕円だとパワーバンドが広くなる感じがする。この利点は、激坂で低ケイデンスになる時に使う乙女モード1速でも生きてくるし、乙女モードのまま平地や緩斜面を走る際に使う乙女モード2速でも生きてくる。フロント2速化の話をそっちのけで楕円の設定の話を長々と書いたのは、楕円の設定が歯数の設定と同じくらい重要だからだ。まぼろし坂が走破できたのだから、シッティングで登れない坂は都内にはなくなった言える。

多摩川スラローム走行も試してきたが、乙女モードはスラローム走行には全く向いていない。2速でも軽過ぎて、カーブの切り返しで1回漕ぐだけでは十分な速度にならない。1速にして切り返し内で2回漕ぐという技の余地はありそうだが、タイミングがずれるとペダルが地面に接触して転倒するので、今のところ怖くてできない。

フロント39Tとリア11Tの状態だとチェーンがかなり余るので、走行中に段差等で大きな衝撃を受けるとチェーンテンショナーが仕事をしきれずにチェーン落ちする確率が上がる。ただ、乙女モードで高速に走ることはないので、普通に使っていて問題になることはないっぽい。折り畳んだり展開したりする際には漢モードにするのが基本だが、敢えて乙女モードでやってもチェーンは外れない。というか、アウターだけで運用していた時は展開時に内側に落ちることがあったが、インナーが加わることでそれがチェーンキャッチャーとして機能するので、チェーン落ちが実質なくなったのが嬉しい。

フロント変速の所作については、しばらく乗ったらだいぶ慣れてきて、乗ったまま変速できるようになった。まず最初に、変速する前に左足のペダルを10時半の位置にする。楕円チェーンリングだと、その位置ではチェーンとギアの噛合部が最短径の少し前になるので、比較的楽に変速ができる。さらに、そこから左足を長く踏み込む余地があるので、焦らずに操作ができる。その状態で、右足でチェーンをずらす。インナーに変えるなら右足の靴の内側で外側から内側に押して、アウターに変えるなら右足のつま先をチェーンの内側に突っ込んで外側に押す。インナーに変える場合、チェーン1本分だけそっと左にずらせば良いだけだ。アウターから内側にチェーンを落とすつもりと言った方がわかりやすいかも。チェーンがアウターから外れ始めたら、すぐ足で押すのをやめると、チェーンが前後に引っ張られる力で自然に最小のずれになるので、変速に失敗しない。

アウターに変える際には、コツがいる。成功率を上げるには、リアを2速にして外側にチェーンを持ってきた方が良い。その上で、つま先をチェーンに引っ掛けて、チェーン3本分くらい右にずらす。アウターの方が大きい歯車なので、結構大きめにずらさないと引っかかりにくいのだ。しかし、大きめにずらすとチェーンがずれすぎて、以下の写真のように外側に落ちそうなかかりかたをするだろう。実際、このまま回すとチェーンが外側に落ちてしまう。

チェーンが斜めになりすぎている状態で、ペダルを少し逆回転させたり、噛合部を右足で左から押して整えてやると、正常な角度に戻る。理想的な状態になったことを確認したら、左足をゆっくり踏んで、変速を進める。状態を観察しつつ、ゆっくりやるのがコツだ。チェーンが十分にずれずに変速できなさそうだったり、ずれすぎて外れそうだったりする場合には、ペダルを逆回転させて最初の状態に戻してから、再試行する。ペダルを逆回転させるにはトウクリップがあった方が都合がよいが、なくても、左足を上死点付近にして作業すればギリギリなんとかなる。

噛合部を見ながら変速操作を行うということは、その間は前方や周囲の状況が見られないということだ。なので、交通量がある場所ではやってはいけない。サイクリングロードや見通しの良い道路で数秒間は絶対に邪魔が入らないと確信できる場合にのみ、走りながらのフロント変速操作は許される。そうでない場合、止まってやるべきだ。信号等で止まった際に手でやった方が安全だし簡単だ。手で変速する方法も、慣れれば数秒でできるようになるので、そこそこ頻繁にやってもそんなに苦ではない。手の汚れも、右手人差し指の指先にちょっと油がつくくらいで済む。スニーカーに擦りつければ無かったことになるくらい。KureのチェーンルブドライやらFinish LineのDry Bike Lubricantやらのドライタイプのチェーンオイルを使っていれば、チェーンに触ってもそんなには汚れない。

慣れればフロント変速操作も数秒でできるようになるとはいえ、シフター操作一発で切り替えられるのとは勝手が違う。また、たとえシフターで切り替えられたとしても、使い勝手は良くないだろう。なぜなら、ギア設定を軽い順に並べると1速=F1+R1、2速=F2+R1、3速=F1+R2、1速=F2+R2になるので、順に重さを上げていこうとすると毎回フロントの変速が必要だからだ。2速と3速の間ではフロントとリアの両方を逆方向に切り替えるという操作になってしまう。フロント2速の一般的なロードバイクでも変速ショックを最低化するにはフロントとリアを同時に変えなければならない問題はあるが、リアがクロスレシオであることによってフロント変速の頻度を低くできるので、毎回面倒なことにはならない。一方で、外装2速でワイドレシオのブロンプトンでは、各段でフロント変速が必要になる。加えて、私の設定ではインナーとアウターで楕円率が違うので、順に上げていくと毎回乗り味が変わるという奇妙な体験をすることになる。なので、やはりフロント変速は「モード」だと割り切り、基本的にはリア変速のみで運用するのが現実的だ。

実際のところ、私が通勤で乙女モードを使うことは皆無だ。それ以外の日常の街乗りでもまず使わない。というか、東京23区内で乙女モードが必要になる場所は、ネタ的に語られるいくつかの激坂しかない。ブロンプトンの主たるユースケースでは乙女モードなんて必要ないと改めて感じる。よって、保険あるいは切り札として乙女モードを装備しておきつつ、シフターは省いてあたかも普通の外装2段のように運用するというのが妥当だろう。

ヤビツ峠湘南平

乙女モードの実際の使用感を確かめるべく、ヤビツ峠湘南平を走ってきた。ローディのブログ等でよく出てくるヤビツ峠だが、ブロンプトンでここを登れれば、峠仕様として喧伝する際に箔がつくというものだ。可能であれば現地まで自走するのが私の流儀なので、全行程で130kmくらいになってしまった。

平地は漢モードである。246号を2速でひたすら進んでいく。現地につくまでは体力を残したいので、ペダリング効率を意識しつつゆっくり漕ぐ。途中でツアラーらしいおじさんを見かけて追従したが、荷物を積んでてブロックタイヤなのに意外に速くて、私もまだまだ修行が必要だなと思った。

途中に大小の坂があるが、大抵は2速のままでいけたが、善波峠あたりはさすがに1速を出した。リアが11T-18Tのワイドレシオなので、漢モードだけでも大抵の場所はいける。

ヤビツ峠の開始地点としてよく出てくる名古木交差点のセブンイレブン。ここで小休止しつつ、乙女モードに切り替え。噂通り、ヤビツを初め丹沢山系を攻めるローディの方々がちらほら集まっていた。

で、登りに取り掛かる。平均斜度6%は激坂というほどではないが、最初にいきなり10%くらいの坂が出てくるので面食らう。とはいえ、乙女モード1速なら何ら問題ない。

最初の急坂区間を越えるとちょっと楽になるので、乙女モード2速を出してみた。適宜休むダンシングを入れれば、多少重いギアでも使えないことはない。ただ、ワイドレシオの弊害で、1速と2速の乗り味が違いすぎるのは若干使いづらい。2速で重く感じたらすぐに1速に戻して、休憩と思って軽いギアのままゆっくり漕ぎつづけるのが良い。重過ぎて止まってしまうよりは軽過ぎて遅くなる方が遥かにマシだ。


上の鳥居を過ぎると、だんだんと傾斜がきつくなり、そのまま山に突入する。あとは、ひたすら登り坂だ。セブンイレブンから峠までは12kmくらいらしいが、箱根と同程度には辛い。止まりそうなほど激坂というわけでもないのだが、休みなく登り続けることになる。さすがの乙女モード1速でも疲れるものは疲れるので、適宜乙女モード2速で休むダンシングを入れて、筋肉の負荷分散を図る。小径車で登っていると、タイムとかは全く気にならず、登っているだけで自分偉いという感じになる。お手軽な自己肯定感の補給である。ヤビツは車があんまり通らないのが箱根と全く違うところで、精神的には圧倒的に楽だ。

とはいえ、ゆっくり登るということは時間がかかるということだ。1時間も坂を登り続けると、さすがに疲れてくる。ロードバイクだと激烈早い人で30分ちょい、普通の人で45分くらい、遅い人でも1時間あれば登り切れるそうなのだが、私は1時間経ってもまだ途上にいた。人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。で、地道に登っていたら、いつの間にか峠についた。途中はちょっと辛かったが、部活の走り込みよりは全然マシだったし、過ぎてしまえば何てことはない。

よくYoutubeとかでも出てくる峠のカフェ。サイクリストで満席だったので、チラ見だけして出てきた。小径車は1台も止まっていなかったので、いたずらが成功した時のような達成感があった。

峠を抜けて通称裏ヤビツを通って宮ヶ瀬湖に行く案もあったのだが、普通に元の道を戻ることにした。帰りは楽ちんで、あんなに苦労して稼いだ位置エネルギーを惜しげもなく運動エネルギーに変えていく。景色を楽しむ余裕があるのはいいのだが、速度を出すと寒い。

途中にあった展望台から見える景色がなかなか良い。秦野や平塚の市街を一望できて、遠くの海の間際に湘南平(高麗山)が見える。湘南平ブロンプトンで登ろうとするといつも脚と心臓が持たなくて挫折する鬼門である。過去の敗北を思い出したら、今回の装備で雪辱を晴らせるんじゃないかと思い立った。

ということで、さっさと下って湘南平の麓まで移動。30kmくらい離れているのだが、ヤビツを制した後なので、平地巡航なんて動く歩道に乗っているようなものだ。さあ、ブロンプトンで登れたことのなかった湘南平を征服する時がついに来た。

湘南平への坂道は1.5kmしかないのだが、序盤からいきなり急坂で、一気に体力を持っていかれるのだ。乙女1速ならシッティングでも対処できるのだが、それでも普通に乳酸が溜まる程度にきつい。

中盤の直線の道もずっと急坂で息つく暇がない。シッティングの筋肉がやばそうなときは休むダンシングに切り替えるのだが、普通はギアを上げて乙女2速でダンシングするところ、傾斜がきついので乙女1速のままダンシングする羽目に。まあ遅くても根気よく登っていけばいつかは登り切れる。

ということで、何とか頂上に到着。なぜだか、ヤビツよりも達成感がある。景色が抜群だからかな。ともかく、ロードバイクで行けるところならブロンプトンだって行けるという例をまた一つ作れた。北西の大山の方向を見やると、さっきまで居たヤビツ峠が見える。はるばる来た感慨もひとしおだ。

せっかく湘南に来たので、いつも通り134号を通って茅ヶ崎海岸やら江ノ島やら七里ヶ浜やら鎌倉やらを散策していたら、すっかり夜になってしまった。日が短い。鎌倉の豊島屋本店で鳩サブレを買って、輪行で帰宅した。ブロンプトンだと全体的にゆっくり走ることになるからか、ロードバイクよりは疲れが少なかった。


旅を終えて、乙女モードの1速が峠道を走破するのに大変役立つのが良く分かった。剛脚な漢モードと貧脚な乙女モードという些か陳腐な名付けをしたが、別にジェンダー云々を語る意図はない。乙女モードは勇気と冒険のモードなのだ。登坂の際には、路面抵抗や空気抵抗よりも登坂抵抗の方が支配的になるので、小径車であることの欠点は目立たなくなる。ただし、ブロンプトンの車体は一般的なロードバイクより重いので、その点は不利だ。なので、ロードバイクに勝てる車体にはどう頑張ってもならないだろう。しかし、車体の重さの差は3kgとか4kgとかだろうから、乗り手の体脂肪に比べれば小さい差だとも言える。実際、ガチ勢エンジョイ勢を含めてローディには抜かれることが多いが、太めのローディやフラットペダルのクロスバイク勢は抜けることがたまにある。峠でも平地でもブロンプトンが不利なのは間違いないが、乗り手次第である程度は対抗できると思う。レースじゃないので対抗する意味はないのだが、一緒にサイクリングできるくらいになれたら素敵だ。

ワイドレシオとクロスレシオ

乙女モードを使えば、大抵の峠道で、シッティングでほとんどの区間を走れるだろう。フロントのチェーンリングが楕円52Tと楕円39Tなのは、ブロンプトンにつけられる楕円としてはほぼ最大径と最小径であり、1.333倍の差は丁度いいと思う。楕円54Tや楕円56Tも巷にはあるのだが、高いのでおいそれと買えない。一方で、リアのスプロケットは1000円とかで買えるし、3000円以下で買えるカセットスプロケットをばらすと一気にたくさん手に入るので、気軽に変えられる。ヤビツ攻略では現地まで平地巡航するための11Tと峠を走破するための18Tというワイドレシオ構成だったが、それ以外のクロスレシオの選択肢もあるということだ。峠を走破することだけが目的で現地までは輪行するのであれば、15Tと18Tにすると良いだろう。街乗りと平地巡航が主だけどたまに坂の多い区間を走るのであれば、11Tと13Tにすると良いだろう(この組み合わせの場合チェーンを9速用にしないと歯とチェーンが干渉する)。いずれの設定でも、利用可能な変速比がだいたい等間隔に並ぶので、直感的に操作しやすいはずだ。

あるいは、発想を転換して、乙女モードの2速と漢モードの1速の変速比をなるべく一致させて、あたかも3速仕様のように扱うという方法もある。重めの11T-15Tと、標準の12T-16Tと、軽めの13T-17Tが考えられる。特に12-16Tは外装2速の純正の構成なので、馴染み深く使えるだろう。せっかくのフロントダブルなのに勿体無い使い方だとも言えるが、手軽に3速化できるという意味では価値がある。

クロスレシオでいいなら、普通にリアだけで3速化または4速化した方が使い勝手がいいだろう。なので、フロントダブル化するならば、ワイドレシオがおすすめだ。外装4速モデル(11-13-15-18T)をフロントダブル化すれば最強なんだろうけども、捕らぬ狸の皮算用とはこの事だ。Pラインって40万円くらいするので手が出ない。

チェーンラインを考えるなら、リアの段数を増やすよりも、フロント2速とリア2速の今回のような構成にするのが理想的だ。街乗りではフロントのアウターとリアのアウターを主に使うが、その組み合わせはほぼ完全な直線になる。峠道ではフロントのインナーとリアのインナーを主に使うが、その組み合わせもほぼ完全な直線になる。街乗りや峠で一時的にたすき掛けをすることもあるだろうが、その際の角度はせいぜいギア1枚分で済む。まあそのレベルの抵抗を気にするなら11Tのギアや純正の小さいプーリーを使っている時点でどうなのって話になるんだろうけど。

ワイドレシオは便利としても、11Tと18Tの間が開き過ぎているのは不便でもあるので、間に14Tを入れて3速化したいとも思った。実際、外装2速モデルを3速化するカスタマイズは人気だ。しかし、そうすると漢モードの1速2速が乙女もーとの2速3速と丸かぶりになり、6速なのに実質4速しかないという勿体無いことになる。

クランク長 タイヤ周長 フロント歯数 リア歯数 変速比 ペダル推進比
Brompton Inner 1 165 1340 39 18 2.167 2.800
Brompton Inner 2 165 1340 39 14 2.786 3.601
Brompton Inner 3 165 1340 39 11 3.545 4.583
Brompton Outer 1 165 1340 52 18 2.889 3.734
Brompton Outer 2 165 1340 52 14 3.714 4.801
Brompton Outer 3 165 1340 52 11 4.727 6.110

選べるギアを増やすと何だか速く走れるような気がしたり、自転車が高性能になった気がしたりするが、それは気のせいだ。レースをしているのでなければ、ワイドの2速があれば十分だ。巡航は重い方、それで無理なら軽い方を出せばいい。真ん中がなくても、軽い方を高めのケイデンスで回せば間に合う。アウターの1速でもケイデンス70rpmで回せば16.25km/h出るし、ケイデンス90rpmで回せば20.90km/h出るのだから、実用上は十分だ。アウター1速で20.90km/h出している状態でアウター2速に上げるとケイデンス55rpmにいきなり落ちる。この落差には最初は戸惑うが、慣れだ。最近はむしろケイデンスをやたら低くしたり高くしたりして乗り味の違いを楽しんでいる。乙女1速や漢1速にしてやたら高ケイデンスで走っていると、平地が軽過ぎて疲れるので、むしろ上り坂でちゃんと踏めるのが楽しみになるという不思議な感覚になる。

まとめ

ブロンプトンで峠を走破するには、フロントダブル化のカスタマイズは有力な手だ。チェーンリングを小さくする以外の方法でヤビツ峠湘南平を登るのはかなり難しい。しかしチェーンリングを小さくすると普段使いで支障が出る。ならば、両方付けちゃえばいいじゃない。ディレイラーを省けば、44gの重量増でこのカスタマイズができる。「どこにでも行けるブロンプトン」を実現するには、この方法が手軽だ。