豪鬼メモ

一瞬千撃

ブロンプトンにStoneの楕円スプロケットを装着

折り畳み自転車ブロンプトンサードパーティの楕円スプロケット(楕円ギア/楕円チェーンリング)をつけて、乗り味を変えてみた話。結論としては、平地の巡行速度を保ちつつ、登坂やストップ&ゴーが楽になった。

最適なギア設定の考察

前回の記事でリアサスペンションブロックを交換したのに続いて、ブロンプトンをいじりつつ機構を考察する遊びを続けている。ブロンプトンには様々なモデルがあるが、私は外装2段ギアのモデル(S2Lの2016年モデルのブラックエディション)に乗っている。購入時に内装3段ギアと迷ったのだが、より機械損失が小さいであろう外装2段に決めた。内装3段ギアだと、2速以外は遊星ギアによる減速または増速を行うための付加的な機械損失が大きくて「もっさり」感があるとの話に納得したからだ。購入時の話は以前の記事に書いた。8年ほど乗りまくっている今でも、この選択は私に合っていたと思う。外装ギアによる機械損失は、チェーンの角度が斜めになることと、ディレイラーテンショナーの2つのプーリーを回すことに起因する摩擦が増えることだ。2段の場合にはチェーンの角度は小さいので、シングルスピードには劣るが、ギア付きとしては効率的だと言っていいだろう。実際、ブロンプトンのスピード競技の入賞者はほとんどが外装2段をカスタムして使っているらしい。外装2段のデフォルト設定では、1速は1回転あたり4.4m進み、2速は6.0m進む設定になっている。私は平地では2速を常に使い、多少の上り坂も2速で済ませて、きつい上り坂でだけは1速を使う。それで不満はない。むしろ選択肢がそれだけなのがいい。

ブロンプトンは元来、街乗りのための自転車だ。ロンドンなどの都市の中をせいぜい30分以内とかで乗ることが主想定のユースケースだろう。私も通勤や買い物にほぼ毎日使うので、その想定にあてはまる。しかし、輪行の利便性が非常に高いので、長距離サイクリングでブロンプトンに乗りたいという人も多い。私も毎週末の勢いで遠乗りするので、その一人だ。いずれの場合も、高速に走ることは二の次で、疲れずに走ることが最重要だ。そう考えると、外装2段モデルの2速って、ちょっと重すぎる気がしてきた。実際、頑張って100kmとか乗った日には精魂尽き果ててしまう。

ここで、カジュアルなサイクリングをする際の最適なギア設定は何なのか考える。人間が1時間維持できるクランクの回転に寄与する動力(仕事率)のことをFTP(Functional Threshold Power)と言うが、成人男性の平均FTPは100Wらしい。てことは1秒に100Jの仕事をすることになり、それは約24calなので、1時間続けると約86.4kcalだ。ペダリング効率が50%とすると、ペダルに加える力はその2倍なので172.8kcal。ロードバイクで20km/hで1時間走るとすると500kcalを消費するらしいので、ペダリングには34%のエネルギーを使っていることになる。もちろん、年齢や性別や体重や運動習慣が違えば全く違う値になるが、とりあえず仕事率100Wは妥当っぽいのでそれを基準にしよう。サイクリングでは5時間とか8時間とか走るかもしれないが、サイクリングが趣味の人は平均よりも少し能力が高いとみなして、適宜休憩を挟めば100Wを数時間維持できることにしよう。必要動力計算機という非常に便利なサイトがあり、ここに自分の諸元を入れると、指定した速度で走るのに必要な動力を教えてくれる。私が折り畳み自転車で平地の舗装路を走る場合、100Wだと23.2km/hの速度で巡行できることがわかる。

23.2km/hで巡行するとなると、それは分速386.6mなので、1回転6m進む2速ギアだと、ケイデンスは64.4rpmということになる。サイクリング初心者やカジュアルなサイクリングでは70rpmくらいが最適と言われているので、それに比べるとケイデンスがちょっと低いことになる。つまり、ギアがちょっと重く感じるということだ。ギアはそのままでも、もっとケイデンスを高くすると調子良く漕げるが、それだと100Wでは済まなくなるので、疲れずに長距離を走るという目的から外れてしまう。かといって、ギアは2段しかない。1回転4.4m進む1速のギアにすれば、ケイデンスは87.87rpmということになり、カジュアルでなくなってしまう。

ならば、フロントスプロケットを換装して、ちょっとギア比を下げればいい。54Tのフロントスプロケットが外装2段のデフォルトである。64.4rpmと70rpmの比率は0.92であり、54T*0.92は49.68Tだ。つまり、50Tに換装すれば、2速は1回転で5.52m進むギア比になり、23.2km/h巡行のケイデンスは約70rpmになる。なお、ブロンプトンのフラッグシップであるTラインにはシングルスピードモデルがあり、1回転5.5mのギアしかない。つまり、1段しかないなら5.5mくらいの設定が潰しがきくとブロンプトン社も判断しているらしい。ギアを軽くすると、イキってロード乗りの集団についていくプレーとかはやりにくくなるが、それを諦めれば、良いことの方が多い。100Wの快適な運動量で平地を効率的に巡行できるのに加えて、登坂もしやすくなる。

国道を走っていても斜度5%の坂とかは普通に出てくる。先ほどの必要動力計算機に斜度5%を入れると、100Wで走るには時速7km/hという、早歩きくらいの速度に落ちることがわかる。その場合、1回転4.4m進む1速のギアを使うにしても、ケイデンスは26.3rpmに落ちる。ここまでケイデンスが低いと、上死点でペダルが止まりそうになって、かなり無理な力を入れて登る感じになってしまう。50Tに換装すれば、1速で1回転4.04mに落ちるので、ケイデンスは28.7rpmになり、ちょっとマシになる。実際のところ、そんなにケイデンスが低いと止まってしまうので、一時的に頑張って200Wとかを入力してそれなりのケイデンスで回すことになる。その際にも、ギアが軽いほど、頑張りを少なくして疲労を軽減することができる。

以下の動画は外装2段のブロンプトンで勾配4%で長さ4.55kmの登坂走行を行う際の各種の抵抗について丁寧に解説している。一流のヒルクライムの選手が世界最高のロードバイクに乗ると32km/hで走れるところ、同じ条件でブロンプトンで走ると26km/hしか出ない計算になるそうだ。6km/hの差のうち、2km/hはタイヤとホイールに起因する転がり抵抗の差で、1.5km/hは車体形状と乗車姿勢に起因する空力抵抗の差で、1km/hは車体重量に起因する登坂抵抗の差で、0.5km/hはリアスプロケットが小さいことやチェーンテンショナーの配置による機械損失の差で、0.5km/hは車体やリアサスが変形することによる機械損失の差で、0.5km/hが最適なケイデンスが選択できないことによる入力効率の差だと分析されている。
www.youtube.com

ケイデンスによる差の0.5km/hって大したことがないようにも思える。しかし、通しで380Wを入力できる選手だからこそ26km/hを出せることに留意すべきだ。それなら1速で98.4rpm、2速で72.4rpmが出るので、そこそこのケイデンスの範囲に収まっているのだ。100Wの凡人が同じコースに挑めば時速8.3km/hしか出ないので、ケイデンスは1速で31.4rpm、2速で23.05rpmになってしまう。その動画で説明されているように、最適なケイデンスは人によって違うそうだが、最適値から20rpmずれると6%のパワー低下が起きるらしい。グラフを見る限り、40rpmずれると20%くらい落ちている。最適70rpmで100W出せる素人が30rpmで走るということは、80Wしか出せない、そうすると速度は6.6km/hまで落ちてしまい、そうするとケイデンスは25rpmに落ちてしまってさらにパワーが出なくなり…、という悪循環が起きてしまい、かなり低い値で収束することだろう。というか4%の坂が4.4kmも続いたら素人は登りきれない可能性が高い。登坂の際にケイデンスが低いと、左右の足の踏み込みの間の時間に登坂抵抗で速度が著しく落ちることになり、回転が完全に止まってしまうのだ。まあともかく、適切なケイデンスは入力効率にとって重要であり、登坂走行を考えると軽いギアを備えておくことが望ましい。もちろん、水平走行を考えると重いギアも備えておきたいわけで、そのバランスが重要だという当然の結論に辿り着く。

そこまで効率の話をするなら、6段モデルや4段モデルを買えよって話もあるのだが、無い袖は振れない。それに、私は今の外装2段モデルが気に入っているのだ。スプロケットの変更で楽しく走れるかもしれないなら、まずはそれを試してみるべきだ。

楕円スプロケットの考察

50Tのフロントスプロケットを買おうとしてネットを巡回していたところ、たまたま楕円スプロケットの解説をしているページに目が止まった。興味深かった。曰く、ペダルのクランクが水平付近にある時に踏み込みの仕事率が最も高くなるが、その状態でのスプロケットの垂直方向の径が大きいと多くの仕事をさせることができる。多くの仕事をさせると重くなってクランクの進みが遅くなるが、その分だけ、仕事率の高い位置(以降、パワーゾーンと呼ぶ)にペダルが滞在する時間が長くなる。一方で、クランクが0時(上死点)や6時(下死点)付近の場所(以降、デッドゾーンと呼ぶ)にある時には踏み込みの仕事率は低くなるが、そこでの垂直方向の径は小さくして、あまり仕事をさせずに素早く回してしまう。とても合理的だ。ペダリングが上手な上級者は元々仕事率に応じた最適な力加減で踏み込めるので、彼らには楕円スプロケットの効果は薄いらしい。しかし、普通の人が楕円スプロケットを使うと、より効率的な力の入力がしやすくなるそうな。以下の解説がとてもわかりやすい。
www.youtube.com

楕円スプロケットを使っているロードレースの選手もいるらしい。楕円スプロケットの美点を一言で表すなら、「トルクを維持しつつ自然にケイデンスを上げられる」ってことになろうか。「馬力=トルク×回転数」なので、トルクを維持しつつケイデンスが上がれば、馬力が上がり、速度も上がるというわけだ。踏み込みの間の休み時間が短くなる分だけ疲れが溜まりやすくなるので、最終的にタイムが良くなるかどうかは乗り手の適応力次第だ。真円スプロケットを使っている選手の方が圧倒的に多いことを考えると、楕円スプロケットの方がロードレース向きとは到底言い難いのが実際のところだろう。22段とか24段とかのギアを駆使して最適なケイデンスを維持できれば、楕円のヘンテコな挙動に依存する必要はなさそうだ。

マウンテンバイク界隈では楕円スプロケットを使用する人も多いらしいが、それは主に登坂性能の良さを買ってのことらしい。既に述べたように、楕円スプロケットデッドゾーンで実質的にギアが軽くなるので、突然坂がきつくなったり障害物を踏んだりしてデッドゾーンでペダルが止まりそうになった時でも、なんとかペダルを回し続けられる可能性が高まる。それでいて、パワーゾーンでは実質的にギアが重くなるので、しっかりトルクをかけて加速することができる。ギアの数がそれなりにあるマウンテンバイクでも、路面状況が刻々と変化して最適なギアを常に選択できるとは限らないので、同一ギアのままでクランク角によって重さの変動があることは利点になるのだ。

最適なギアを常に選択できるとは限らないというのは、ギア段数の数が少ない私のブロンプトンでも言える。フロントスプロケットを50Tにしてギアを2段とも軽くしても、斜度5%の坂では苦労する。しかし、50Tより小さくすると、平地の巡行がしにくくなる。ならば、50Tの楕円スプロケットにすれば、平地の巡航速度を維持したまま、登坂性能を上げられるのではないかと考えた。

50Tの楕円スプロケットにおける実際の歯の並び方を見てみよう。以下の図でわかるように、パワーゾーンには13個の歯があり、デッドゾーンには12個の歯がある。楕円と言っても扁平率は大きくなく、0.1くらいだ。しかし、短径の位置での仕事量は長径の位置での仕事量の0.9倍くらいになるので、体感できる程度にメリハリはあるはずだ。

回転速度を一定にする力が入力されていると仮定すると、歯の数が13個のパワーゾーンでは、13*4=52Tと同じトルクが発生する。歯の数が12個のデッドゾーンでは、12*4=48Tと同じトルクが発生する。全体的には50Tの重さだが、がっつり踏み込みたいパワーゾーンでは52Tの重さに感じ、脱力しつつ流したいデッドゾーンでは48Tの重さに感じるということだ。言い換えれば、平地を巡行する際には52Tのつもりで踏み込んでそれなりの速度で走ることができるし、急坂を登る際に感じる引っ掛かり感は48T程度のもので済むということだ。

ここまで考察する限り、楕円スプロケットを導入してみる価値はありそうだ。少なくとも、トンデモ商品ではなく、小学校の理科の知識で説明できる合理性を備えている。真円スプロケットと楕円スプロケットのどちらが優れているかという議論にあまり意味はなく、自分の車種や使い方に楕円スプロケットの特性が合っているかどうかを考えるべきだ。外装2段のブロンプトンに楕円スプロケットは合っていそうなので、実際に試して確かめてみることにした。

購入と設置

ブロンプトンにも楕円スプロケットが付けられるのか調べたら、付け方を解説している動画があった。ブロンプトンのフロントスプロケットBCD-130規格なので、それと互換するものは付けられる。また、丁数が54Tからそれほど離れない56Tくらいから48Tくらいまでなら、要求されるチェーンの長さの違いはチェーンテンショナーが吸収してくれるので、スプロケだけを変更すれば大丈夫っぽい。
www.youtube.com

動画にもあるStoneという中国のメーカーのBCD-130-50TがAmazonで買えた。8000円弱だ。楕円スプロケットといえばRotorだとかO.Symetricだとかいったのが定番らしいが、特に複雑な機構を持つ製品でもないし、私はガチ勢ではないので安いので十分だ(追記:後日、O.Symetricに換装した)。実際の製品は以下のものだ。説明書がついているけれど、中国語しか書いていないので役にたたない。なので、上述の動画の手順に追従するとよい。

デフォルトの真円54Tと重ねると、大きさの違いがよくわかる。楕円50Tの長径は21cmほどで、真円54Tの半径よりも若干小さい。すなわち、同じ速さで踏み込んだ場合、若干軽く感じ、トルクは若干下がるはずだ。一方で、楕円50Tの短径は19cmほどで、真円54Tの半径よりかなり小さい。したがって、死点付近のペダルの動きがより軽快になるはずだ。

六角レンチだけあれば取り付け作業ができる。クランクシャフトから伸びる5つの腕にスプロケットが止められているので、そのボルトを外せば既存のスプロケットが取れる。クランクシャフトの位置のボルトだけは裏側にあることに注意だ。古いスプロケットを外した後は、逆の手順で新しいスプロケットをつければOKだ。その際に、クランクシャフトとスプロケットの角度を調整するのが重要である。厳密に言えば、ペダルが3時50分くらいの位置の時に仕事率が最大になるそうなので、その時に楕円の長径が真上に来るようにスプロケットを取り付ける。体型や漕ぎ方で最適な位置は異なるらしいが、とりあえずは典型的な設定をしておくのが無難だろう。チェーンをギアに取り付けたら、油を差して完了だ。

換装の前後はこんな感じになる。実際に測った長径21cmと短径19cmからすると楕円スプロケットの扁平率は0.095しかない。一見するだけでは真円なのか楕円なのかどうかよくわからないくらいだ。しかし、ペダルを動かしてみるとチェーンが上下するので楕円だとわかる。また、デフォルトのスプロケットについていたガードがないので、良く言えば軽快な感じで、悪く言えば安っぽい感じになった。

ブロンプトンのブレーキワイヤとギアワイヤのチューブはフロントスプロケットのすぐ近くを通るのだが、これがたるむとフロントスプロケットに触れるリスクがある。今回は小さいスプロケットに換装したので該当しないが、丁数が既存と同じ楕円スプロケットに換装する場合には、長径が大きくなるはずなので、スプロケットの歯がチューブに触れないように配慮した方がいい。私は念の為、100均で買った20cmの結束バンドを使ってチューブをフレームに寄り添わせている。

一点注意すべきは、停車して地面に着地した際に右脚を車体側に近づけてしまうと、チェーンが内側のふくらはぎに接触して油や汚れがべったりついてしまうことだ。純正にあったスプロケットのカバーはこれを抑止するためである。わざわざ重量を増やしてまでついているのだから、街乗り自転車としては必須のパーツなのだと思う。今回それを外してしまったので、油や汚れがついてしまう確率が跳ね上がった。停車時に右足の位置を注意しても一定の確率で触れてしまうので、汚れてもいいズボンを履くのが現実的な対策だ。触れてしまってもズボンの汚れが最小限で済むようにチェーンを清掃しておくのも大事だ。私はオフィスで「いつも折りたたみ自転車を持ち込んでいる人」として認識されている自負があるが、もしかすると「ズボンがいつも汚れている人」と思われているかもしれない。

実際の乗り味

50T楕円スプロケットの乗り味を試すべく早速乗り出してみた。率直な感想としては、違いは確かにあるが、微妙なものだということだ。事情を知らない人に換装前と換装後の乗り比べをさせても、気づかないかもしれない。注意深く味わってみると、若干だか確実に軽いギアになったと感じる。でも、軽く感じるようになったのは主に54Tから50Tに変えた効果と言うべきだ。楕円である効果は、軽くなった割には遅くなったと感じないところだろう。踏み込めばしっかりトルク感があるので、だからこそ以前との違いを感じにくいのだ。平地巡行で以前との違いがわからないのはむしろ美点と評価すべきか。

一方で、登坂性能は確実に良くなった。勾配8%(atan(0.08) * 2π = 5°)の近所の坂は、今まで1速のダンシングで登っていた。1速のシッティングでもなんとか登れたが、だいぶ頑張る必要があった。新しいギア設定だと、1速のシッティングでもそんなに苦労せずに登れた。2速のシッティングも試してみたが、止まりそうになりながらもなんとか登れた。期待した通り、ケイデンスが下がった時の上死点付近での引っ掛かり感が低減された感じがする。これは、何気に坂の多い城西地区で主に行動する身としては嬉しいことだ。

いつもの多摩川サイクリングコースにも繰り出した。スマホの速度計を見ながら平地の舗装路を23.2km/hで走っている限り、快適そのものだ。サイクルコンピュータをつけていないのでケイデンスもワット数もわからないが、計算上は70rpmかつ100Wの周辺であるはずだ。この調子なら、長時間走ってもヘトヘトにはならないという感じがする。

ガチのロード乗りには相変わらずついていけない。路面抵抗と空気抵抗と機械損失と身体能力が違いすぎるので、54Tとか50Tとかそういう問題ではない。さらに言えば、50Tに下げた今では30km/hでの走行は短時間でも厳しい。2速でも90rpmのケイデンスが必要なので、ブロンプトンでそれをやると必死感が出過ぎてしまう。

ガス橋からは、例によってスラロームの訓練をした。連続スラロームでは、切り返しの間に1回だけ踏み込めるのだが、ギアが軽くなった割に踏み込みのトルク感が維持されているので、十分に加速できる。特に旋回角を大きくしたり回転半径を小さくしたりして低速旋回する際の立ち上がりでの加速は重いギアだと疲れるのだが、それがとてもやりやすくなった。立ち上がりの前にクランク角を1時か2時くらいの位置に合わせておいて、程よいタイミングで一気に踏み込むのだが、その際の挙動が良い。踏み始めは軽く動き、踏み込むほどに手応えがあって多くの仕事ができ、楕円スプロケットの美点が凝縮されている。低速からの加速が容易になるということは、失速により内側に転ける心配が減るということである。そのおかげで、かなり攻めた旋回行動ができるようになった。失速を気にせずに、フロントタイヤのグリップの限界までステアリングを切ったり車体を倒し込んだりできる。この効能を得ただけでも、楕円50Tにした甲斐があったというものだ。

長距離を走るにあたっては、真円だとか楕円だとか言う前にまずは基本のペダリングスキルを向上させた方がよいのではないかと思うわけだが、ネット上にはロードレーサービンディングペダルを使うことが前提の解説が多い。そんな中、この動画ではフラットペダルでのコツについて解説してくれていて、非常にわかりやすい。
www.youtube.com
www.youtube.com

「1: 腸腰筋を動かして体重を乗せて漕ぐ」「2: 下死点に至る前に抜重してから足を持ち上げる」「3: ペダルが上死点を通過する際に膝を胸側に引きつけて上側に余裕を持った軌道を描く」というのが要点だと思う。1番目のコツはパワーゾーンでの所作に関してだが、楕円にすることで体重を乗せていられる時間が相対的に増えるので、より時間的な余裕を持って踏めるということになりそうだ。2番目のコツは下死点付近から上死点に至るまでのデッドゾーンと裏パワーゾーンの所作に関してだが、楕円だとデッドゾーンではペダルはやや早く動き、パワーゾーンではやや遅く動くので、抜重から引き足への移行をより素早くすることになりそうだ。3番目のコツは上死点付近の所作に関してだが、楕円だとデッドゾーンではペダルはやや早く動くので、足の動きもより素早くすることになりそうだ。総じて、踏み込みは比較的にリラックスして行いつつも、下死点と上死点でペダルの動きを邪魔しないように意識的に足を運ぶのが重要になりそうだ。それを実践してみたら、確かに楽に漕げ、ケイデンスを上げやすくなった。ケイデンスを上げていくと尻の筋肉が疲れてくるのだが、それが大臀筋をうまく使えているってことかなと思っている。その乗り方で今度はケイデンスを快適な範囲に落とすと、楽に走れる。

都内の坂巡り

登坂能力がほんのちょっとだけ向上したので、都内の坂を巡ってみることにした。まずは、毎日通っている通称オリンピック道路(野沢通り)の切り通しの坂。斜度5%(3.2°)くらいだと思うけど、やたら長い坂だ。いつも1速のシッティングで登っていたが、2速のシッティングでもなんとかいけるようになった。

谷の街、渋谷の道玄坂宮益坂ペダリング練習をするには重いペダルでゆっくり漕いだ方がいいと上述の動画で言っていたので、こういう街中の坂では敢えて重いギアを使うことにしている。練習のチャンスだと思うと、今までうざかった坂にも有り難く向き合える。

都内で一番の急坂と言われる品川区高輪の「まぼろし坂」。最大勾配29%(17.9°)らしい。もちろん1速のダンシングじゃないと登れないが、そんなに長くはないので、なんとか登れた。最後に訪れる最大勾配の部分はまじで止まりかけた。ここまでの勾配になると体重をかけるだけではペダルが回らなくなってしまうので、腕と背中の力も使って下に押し込む感じになる。50Tに下げていなかったら、あるいは楕円でなかったら、無理だったかも。


豊島区の目白の近くにある「のぞき坂」。最大勾配23%(14.3°)らしい。1速のダンシングじゃないと登りきれなかったが、まぼろし坂の後だとぬるく感じる。楕円50Tなら都内の大抵の坂は登れる気がしてきた。急坂はあんまり辛かったら歩けばいいって話もあるが、登れなかった時の挫折感と登れた時の達成感を比べたら、登るっきゃない。

みんな大好き乃木坂と欅坂と桜坂と日向坂。どれも勾配が話題になることもない、港区の街中の普通の坂だ。日常的な街乗りでもよく現れる程度の坂なら、1速のシッティングで楽々だ。2速のシッティングでもなんとか登れるし、ダンシングで一気に登り切ってもいいだろう。



激坂を登っている途中でペダルが止まりそうになった時、だいたいペダルは上死点をちょっと過ぎた1時くらいのところにあり、それはデッドエリアのほぼ中心である。フラットペダルかつスニーカーで漕いでいる場合、踏み込みでペダルが思ったように動かないと、足首が曲がって踵側が下に傾いたり、足底が下側に反ったりして、力が抜けそうになる。これを防ぐためにはかなり無駄な筋力を使わされるし、心も折れかける。デッドスポットだけトルクが軽くなる楕円の利点がここで生きると実感した。

坂巡りの途中で街中を走っていて感じたのは、楕円スプロケットは混雑した場所の走行に向いているということだ。車道と歩道が分かれていないような路地や、人でごった返す交差点を通り抜ける際には、人や車を避けるために、細かく止まったり走り出したり、減速したり増速したりする。その際にいちいちギアの切り替えをするのは面倒なので、基本的に2速のままで走ることになる。停止信号の後の走り出しで徐々に加速するのと違い、人や車を避けてから何らかの行動を起こす際には、より機敏な加速が求められる。かつ、踏み出しのクランクの位置が場合によって違うので、上死点付近で踏み込まねばならないことも多々ある。その際にも、楕円スプロケットおかげで引っ掛かり感が減る。電気モーターで加速するようなというと言い過ぎだが、ちょっとだけ円滑に加速できるようになった気がする。

力を入れて踏み込まずに、ダラダラと走っているにも楕円スプロケットの利点を感じる時がある。半日サイクリングしてから疲れて帰る途中とかに、引き足で持ち上げた足を単に1時の位置に乗せるということを半ば無意識に繰り返して走っているとき、意外にもちゃんと速度が出ていることに気づく。おそらく、楕円の効果で上死点や下死点の付近でのペダルの移動が楽になった上に、踏み込みでも脱力して漕ぐと、図らずもペダリング効率が上がるのだろう。もともとブロンプトンの街乗り性能は私好みで、加速時や旋回時に車体がちょっとしなるのも含めて気に入っている。それに加えて楕円の乗り味が楽しめるようになり、サイクリングがまたちょっと楽しくなった。もっと扁平率の高い楕円も試してみたくなるくらいだ。

ここでの私の報告は、丁数を50Tに落とす変化と形を楕円にする変化の二つを同時にやってしまっているので、実験科学の観点で言うと疑わしい価値しかない。しかし、デフォルトのギアの登坂性能に不満がある人は、丁数をほんのちょっと下げた楕円スプロケットに換装すると幸せになれるかもしれない、というメッセージが伝われば嬉しい。登坂への苦手意識が減れば、サイクリングのモチベーションが上がること間違いなしだ。一方、登坂性能は今まで通りでいいから、平地巡行での踏み込みの重みだけ強くしたいという場合、丁数を維持したまま楕円にするといいかもしれない。実際どんな感想になるのかはやってみないとわからないし、おそらく最初はかなり微妙な変化しか感じ取れないだろう。ただ、楕円と真円の違いは確実にあり、しばらく使っていると実感するはずだ。上死点付近で踏み込みが軽くなり、スイートスポットで踏み込みが重くなるというのは、梃子の原理によって説明される、否定し難い現象なのだ。

まとめ

ブロンプトンの外装2段モデルのフロントスプロケットを純正の54T真円スプロケットから50T楕円スプロケットに換装したところ、平地での巡行は以前と変わらない感覚でできつつも、登坂がちょっと楽になった。エネルギー保存則があるので、スプロケットの形を楕円に変えたところで有効な入力に対する仕事の効率は変わらない。というより、実際は楕円にするとがチェーンが上下に揺れる分だけ機械損失が大きくなって、むしろ効率が落ちているだろう。しかし、有効な入力の受付時間を伸ばす機構である楕円スプロケットを使うと、無効な入力をしがちな人や状況ではより効率的に走れるようになる。特に、適切なギアが選択できずに、強く踏み込まねばならない状況でそれが顕著になる。その典型が、登坂や街乗りのストップ&ゴーである。小径自転車でギアの少ないブロンプトンでもその恩恵は確かに受けられる。楕円スプロケットを導入して劇的に乗り味が変わるわけではないが、確実にちょっと変わる。それに8000円出す価値があるかどうかは人によるだろうが、私は結構満足している。