なぜ自転車が倒れないで走るかというとキャスター角があるからだが、オフセットやらトレール量やらホイールベースやらとの関係がいまいち整理できていなかったので、改めて考えてみた。さらに、前後荷重配分をロードバイクと比較して、ブロンプトンの旋回特性を検討した。
でんじろう先生のこの動画を見れば一発でわかる。キャスター角はセルフステアを発生させ、車体が倒れた方向に進行方向を変えることで重心を中心に戻してくれる。同時に、キャスター角があるとトレール量がつくため、車輪が前に引っ張られることで安定して、車輪が無駄にフラつくのを抑止する。
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トレール量だけが欲しいなら、動画に出てきた荷台のキャスターのように後方へのオフセットをつけるだけでも実現できる。しかしトレール量だけではセルフステアを発生させないので、二輪の場合はキャスター角は必須だ。むしろ、二輪の場合は、キャスター角をつけた上で、前方へのオフセットをつけてトレール量を減らす措置を講じている。トレール量が大きすぎるとハンドル操作が重くなりすぎるからだ。
前方オフセットがあると、ステアリング軸と車輪の重心の間の距離が増すので、停止時または低速時に車輪の重みによるセルフステアがより強く働く。キャスター角が大きいと、ステアリングを切った際の前輪の傾き(キャンバー角)がより大きくなり、それによって車輪を横にずらす力(キャンバースラスト)も強くなる。一方で、車輪が横にずれる横滑り角が大きくなるほど、その反力でステアリングを元に戻そうとする力(ニューマチックトレール)が発生し、元来のトレールと合わさってステアリングを元に戻そうとする力(セルフアライニングトルク)を構成する。特に高速走行時にはキャスター角が大きいほどセルフアライニングトルクが強く効いてステアリングが安定する。つまり、同じトレール量を前提とすると、キャスター角とオフセットの両方が大きい場合には、低速時にはセルフステアは強めだが高速時にはセルフステアは弱めになる。キャスター角のオフセットの両方が小さい場合には、低速時にはセルフステアは弱めだが高速時にはセルフステアは強めになる。また、高速走行時にはジャイロプリセッション効果で車輪の角度が一定に保たれようとするので、トレール量にかかわらず車体が旋回しにくくなる。
さて、ブロンプトンのキャスター角は18度(水平基準で72度)で、それだけなら一般的なロードバイクと同等である。しかし、タイヤ外径が小さい割に、前方オフセットがついているので、トレール量が25mmしかない。これは一般的なロードバイクのトレール量60mmよりもかなり小さい。結果として、セルフステアは普通に効く割に、車体の直進安定性が乏しい。手放し運転が不可能なのはもちろんのこと、普通に運転していてもフラつきやすいほどだ。しかも、セルフステアが効き始めるとどんどん切れ込んでしまうので、特に低速時に不意に車体が傾くと転びやすい。高速走行してもタイヤが小さいのでジャイロプリセッション効果も弱く、高速でもフラついてしまう。
小さいことがアイデンティティである折り畳み自転車なので車輪が小さいのは仕方ないにしても、わざわざオフセットをつけてトレール量を減らす設計にしているのは、折り畳みの都合とは関係ないだろう。わざとそういう乗り味にしているのだ。良く言えば、軽快なハンドル操作を実現している。しかし、慣れるまでは乗りにくいというか、不安定すぎて怖い。慣れればなんとかなるし、それで8年乗っているのだが、せめて手放し運転ができる程度には直進安定性を持たせて欲しかったと思うこともある。とはいえ、ハンドル操作がやたら軽いのを利用して、スラローム走行などをするのは面白い。
前輪軸と後輪軸の距離をホイールベースと言うが、これが短いほど旋回性が良くなり、長いほど直進安定性が良くなる。ブロンプトンのホイールベースは1045mmらしい。一般的なロードバイクだと1000mmとからしいので、意外にもブロンプトンの方が長いことになる。小回りなどしないロードバイクのホイールベースが短いのは軽量化のためだが、だったら折り畳み自転車で街乗り重視のブロンプトンの方がもっと短くてもよさそうなものだ。実際のところ、ブロンプトンはハンドル操作は軽い割に最小回転半径が大きめで、細い路地でUターンしたり、車止めの意地悪シケインを通過するのにロードバイクと同等に苦労する。とはいえ、ホイールベースが長くなるのは、フレームを三つ折りにして折り畳む構造上、仕方ない。ただし、ホイールベースが長いと、前輪がふらついた場合でも車体の方向が変わるのがゆっくりになるので、その意味ではブロンプトンのハンドル操作が軽過ぎるという欠点を補っているとも言える。いや、もしかすると、ホイールベースが長いのを補うためにハンドル操作を軽くしているのかもしれない。
以上のことを鑑みると、ブロンプトンは、低速でも高速でもステアリングが不安定なのでハンドルをしっかり握って安定した操作をする必要があることと、その割には小回りが利かないので旋回性が必ずしも良いとは言えないことがわかる。それが乗り味というもので、良いか悪いかは好みの問題だ。慣れてしまうとむしろこの変な乗り味が癖になってしまう。ついでに言えば、小径車であることは、路面抵抗が大きいので速度が遅くなるし、段差での衝撃は大きくなるし、悪路走破性も悪くなるなど、多くのデメリットをもたらす。小径車であることの利点は折り畳んだ際に小さくなることと、車輪の慣性力が小さいので漕ぎ出す瞬間の力が少なくて済むことだ。とはいえ、漕ぎ出し加速の優位性は路面抵抗や機械抵抗の劣位性で数メートル以内に相殺されてしまうので、ストップ&ゴーが多い街乗りでさえ小径車は遅い。しかし、漕ぎ出しの数秒の軽さが快楽をもたらし、止まることを苦で無くさせる。要は、気持ちの問題だ。ハンドル操作の軽さと漕ぎ出しの軽さは小径車の乗り味の二大要素と言っていいだろう。加えて、小さい割によく走るというコンセプトに、MINIのクーパーSに通じるようなロマンを感じる。ブロンプトンで走り慣れると、10km以内の移動でわざわざロードバイクを持ち出す気にはならなくなる。
ところで、ロードバイクの科学という本を読んだが、とても面白かった。自動車関連の技術者である筆者が各種の調査と自身での実験を通して、自転車乗りが持つであろう様々な疑問に答えてくれる。上述の話も図入りで詳しく解説してあり、非常にわかりやすかった。
中でも、前後輪の荷重配分とグリップ限界の話が興味深い。路面に対する荷重が増すと摩擦力は増えるが、その割合である摩擦係数は荷重が増すほど低下する。路面に対する荷重とタイヤを滑らそうとする遠心力は重心に近いほど大きくなる。つまり重心に近いほど荷重は大きくなり、同時に要求される摩擦力も増えるが、摩擦係数の低下により摩擦力は荷重に応じて増加しないので、滑りやすくなる。ここで注意すべきは、ブレーキングによる前輪への荷重増加は、体が前につんのめらない限りは遠心力の重心を変えないので、適宜実施してよいということだ。同書でも薄く前ブレーキをかけながら旋回することが推奨されている。
前輪が滑った場合と後輪が滑った場合のどちらが危険かというと、前者だ。前輪が滑ると即座に転倒するが、後輪が滑ってもハンドル操作や重心移動で対処できる。ゆえに、前輪より先に後輪にグリップ限界が来るべきだ。そのためには、重心は前輪よりも後輪に近い方が良い。とはいえ、後輪が滑りやす過ぎても良くないので、半々よりちょっと後輪寄りくらいが最適ということになる。なので、多くの自転車では前輪と後輪の荷重が4:6くらいになっているらしい。
私のロードバイクとブロンプトンでの荷重配分を実際に測定してみよう。体重計を一つ用意して、その体重計と同じ高さの別の台を本で作って高さを同じにして、乗車状態で前後輪の重さを測ればいい。乗車姿勢は、なるべくいつも通りに、肘に少し余裕を持たせて腕を伸ばしてハンドルに手を置く感じにした。通常走行時のバランスが見たいので、ライトやツール缶などの装備類はつけたままだ。
前乗りと後ろ乗りでどう変わるかも見る。通常、私のサドル設定は調整範囲の前方限界より5mmほど後ろにサドルを設定している。前乗りの測定は、サドルを前方限界にした上で、さらにちょっとノーズ寄りに座って、極端な前乗り状態にして行う。後ろ乗りの測定は、後方限界にサドルを設定して。やや深めに座って、極端な後ろ乗り状態にして行う。
結果を表にまとめよう。前輪荷重と後輪荷重の合計値が各試行で微妙に異なるのは、測定誤差だ。とはいえ、大体の傾向を知るには十分な結果だろう。
前輪荷重 | 後輪荷重 | 荷重合計 | 前後比率 | |
ロードバイク:通常 | 34.45 | 43.40 | 77.85 | 44:56 |
ロードバイク:前乗り | 38.60 | 38.25 | 76.85 | 50:50 |
ロードバイク:後ろ乗り | 31.85 | 46.15 | 78.00 | 41:59 |
ブロンプトン:通常 | 30.15 | 49.25 | 79.40 | 38:62 |
ブロンプトン:前乗り | 33.95 | 45.05 | 78.00 | 45:58 |
ブロンプトン:後ろ乗り | 28.30 | 48.90 | 77.20 | 37:63 |
なかなか興味深い結果になった。まず、通常のロードバイクの前後荷重配分は44:56で、半々に近いが後輪がほんのちょっと大きいという理想的な比率になっている。前乗りするとちょうど50:50になり、後ろ乗りにすると41:59になる。ロードバイクで前輪のグリップ力を重視するなら前乗りではなく通常乗りか後ろ乗りの方がいいだろう。前乗りの場合も、旋回性を重視する区間では重心を後方に移す姿勢をとるなどの工夫をした方がよいかもしれない。
ブロンプトンでは、通常状態で前後荷重配分は38:62であり、かなり後ろ寄りだ。車体の見た目からしてサドルが後方に寄っているのだから、この結果も納得できる。つまり、旋回時には後輪が滑りやすいということだ。確かにスラロームをしていると後輪が滑って転ぶことが何度かあった。前乗りをすると状況が改善し45:58になる。カーブで後輪があまりにも滑るという時には、前乗りをするか前荷重の姿勢にした方がいいということだ(そうするとジャックナイフ転倒が怖いが)。ブロンプトンで後ろ乗りをする場合、サドルをずらしてもハンドルが遠くなる分だけ前傾姿勢が強まるので、前後荷重配分はそんなに変わらず37:63にしかならない。
前後荷重配分がやたら後ろ寄りであることもブロンプトンで前輪がフラつく要因の一つだろう。なので、ブロンプトンで荷物を運ぶなら、前方のキャリアブロックに籠やバッグをつけるか、ハンドルバッグを使う方がバランスが良くなる。サドルバッグをつけたりリュックサックを背負ったりすると、重心がさらに後ろに寄ってしまう。とはいえ、ブロンプトンを飼い慣らしブロンプトンに飼い慣らされた私のような人間は、前方がスカスカで、まるで後輪だけの一輪車に乗っているような乗り味が気に入っていたりもする。ブロンプトンにはリアショックアブソーバーが装備されていて、後輪荷重でそれが沈み込むのがまた楽しいのだ。たまにバックパックをハンドルに吊り下げる乗り方をすることもあるのだが、それだとハンドル操作が重すぎて調子が出ない。グリップ限界を上げてカーブを最高速・最小半径で曲がりたいなら前乗りと前輪荷重をすべきだが、普段の街乗りでは後輪荷重で楽しく走ってもいいだろう。
ブロンプトンでは、後輪にはグリップ力を重視したタイヤをつけて、前輪には軽さを重視したタイヤをつけると良いだろう。私は前輪負荷が高いスラロームをするので前輪に高耐久のMarathon Racerをつけて後輪に転がりのよいKojakをつけているが、普通は逆にした方が良さげだ。金があるなら軽くてグリップ力もあって転がり抵抗も良いShewalbe Oneを両輪につけた方が良いことは言うまでもないが。また、後輪の空気圧を前輪よりも少し高めると良いだろう。私は後輪は推奨空気圧の上限でえある110psiにして、前輪はそれよりちょと低い95psiくらいにしている。前輪はサスペンションブロックがないので柔らかめにしておくと手に伝わる振動が柔和になって乗り心地が顕著に向上する。
前輪・後輪間の荷重配分とハンドル・サドル・ペダル間の荷重配分は別の事象であることには留意すべきだ。前後荷重配分は、前輪軸とBBの間のフロントセンター長と、後輪軸とBBの間のリアセンター長の割合に大きく影響される。一方で、ハンドル・サドル・ペダル間の荷重配分は、ハンドルとBBの間の水平長と、サドルとBBの間の水平長とに大きく影響される。ハンドルやサドルの高さは前後荷重配分とハンドル・サドル・ペダル間の荷重配分の双方に影響する。そして、ブロンプトンの前後荷重配分が後ろ寄りなのは、主に後輪を支えるチェーンステーが短いことでリアセンター長が短くなっていることと、その割にセンターチューブが長くてフロントセンター長が長くなっていることに起因する。チェーンステーが短いのは小径車だからで、センターチューブが長いのは二つ折りにする必要があるからだろう。
それはさておき、ハンドル・サドル・ペダル間の荷重配分でサドル荷重が大きいのも事実だ。これは主にハンドルがBBに近いことに起因している。結果として乗車姿勢が直立気味になり、サドルの荷重が増大する。ママチャリよりはマシだが、ロードバイクよりは明らかに直立気味だ。サドルの負荷が増大すれば、長時間乗ると尻が痛くなりやすくなる。純正のサドルが厚めで幅広なのはそのせいだろう。私は、サスペンションブロックをバネ式のジェニーサスに換装して、サドルをVT30Cに換装したところ、スポーティな乗り味の範囲で快適性を追求することには成功している。それでも、ショックアブソーバーのないロードバイクよりも尻にかかる負荷は大きい。尻の持続性を重視するなら、サドルをできるだけ前に出して、下死点が膝が伸び切らない程度にサドルを上げた方がよいだろう。サドルを前に出すとハンドルが近くて窮屈になるのでエルゴンのGS3などのブルホーンハンドルを使うと良い。理想的にはロードバイクのように前方に突き出したドロップハンドルを使いたいところだが、そうすると折り畳みに支障が出るので、ブルホーンが現状での最適解だろう。
まとめ。ブロンプトンの乗り味は特殊だ。トレール量が小さく、前後荷重配分が後ろ寄りなので、前輪がフラつく。小径車の宿命で転がり抵抗や空気抵抗が大きめになることに加えて、車体のジオメトリから考えても、ロングライドやツーリングをするのには向いていない自転車だと言える。しかし、走行性能からすると劣るブロンプトンだが、私はロードバイクよりはブロンプトンに乗りたくなってしまう。不思議だ。折り畳みの利便性だけではなく、むしろこの一輪車っぽい不安定な乗り味に中毒性があるのかもしれない。