豪鬼メモ

一瞬千撃

ブロンプトンのQ-factorとペダル設定

ペダルを漕ぐにあたって、左右の足の間隔は運動性に大きな影響を及ぼす。ブロンプトンのQ-factorを測った上で、自分にとって最適なペダル設定を探ってみた。

Q-factorとスタンス幅

左右のクランクのペダル取り付け位置の間隔をQ-factorといい、これはBBの幅とクランクの角度と長さで決まる。Q-factorのQはquackというアヒル(鴨)の鳴き声から来ていて、アヒルが歩く様から連想してブリヂストンの自転車デザイナーが決めたそうな。ペダルの取り付け位置はペダルのシャフトのボルトが刺さる根本の位置でもある。ペダルの根本からペダルの中心までの距離を左右分だけQ-factorに足せば、左右のペダル中心の間隔が導ける。ところで、Q-factorという用語の意味は乱用されることが多く、左右のペダル中心の間隔のことをQ-factorと言ったりとか、ペダルに乗せた左右の足の母指球の間隔のことをQ-factorと言ったりとか、ペダルの根本からペダル中心までの長さをQ-factorと言ったりとかもするらしい。まあ正式な用語ではないし、「アヒル歩きの足の間隔を決める要素」という字義通りの解釈をすれば、BBとクランク以外の要素をQ-factorと呼びたくなるのも理解できる。本稿では、Q-factorは元来の意味で用いて、左右のペダル中心の間隔は「左右ペダル間隔」と呼び、ペダルに乗せる左右の足の間隔は「スタンス幅」と呼ぶ。左右ペダル間隔とスタンス幅はほぼ同値とみなせることが多いが、クリート位置やペダル上の足の置き方で微妙に変わる。

スタンス幅は、ケイデンスを高めたい場合には狭い方がよく、トルクを上げたい場合には広い方が良いという説がある。人間が走る際に左右の足をつく場所の左右間隔は非常に狭い一方、重いものを持ち上げる際には左右の足の間隔は広めに取るというのが論拠として挙げられる。しかし、私はこの説は妥当じゃないと思う。自転車のペダリングは陸上の短距離走の動きとは全く違うし、重量挙げの動きとも全く違うからだ。とはいえ、実際に、高ケイデンスを前提とするロードバイクではスタンス幅は狭く、咄嗟に高トルクを出さねばならないマウンテンバイクではスタンス幅は広いことが多い。しかし、話はそんなに単純じゃない。ロードバイクではエアロ効果のためにスタンス幅を狭くしたいという理由もあり、マウンバイクではペダルに立った姿勢でバランスをとりやすくするためにスタンス幅を広げたいという理由もある。また、後輪を支えるフレーム(チェーンステイ)の幅によってQ-factorの下限は制限され、マウンテンバイクの方が制限が厳しい。諸々の事情の結果として、ロードバイクのQ-factorは146mmくらいが一般的で、マウンテンバイクのQ-factorは170mm前後が一般的になっている。

Q-factorは狭いほどペダリング効率が良いという通説があり、1時間でどれだけ進めるかというアワーレコードの記録は軒並み狭いQ-factorで達成されているのがその証左になっている。後述するが、左右の股関節の幅とスタンス幅が一致した方がペダリング効率が上がるのは明らかであり、エアロ効果の上ではスタンス幅が狭いほど良いのも明白であり、フレームの構成を考えると股関節の感覚より狭いスタンス幅を実現するのは難しいから、Q-factorはできるだけ狭い方がペダリング効率が良いという主張に間違いはない。ただし、整備されたトラックの周回コースを延々と同じ速度で走るアワーレコードの状況が特殊であることには留意すべきだ。坂の上り下りがあったり、風が吹いたり、路面が悪かったり、レースの駆け引きで速度調整をしたりするのはロードレースならではだ。そして、街乗りやツーリングやクロスカントリーにもそれぞれ違う状況がある。さまざまな走行状況や、乗り手の様々な身体的特徴を加味すると、どのスタンス幅が最善かというのは一概には言えないし、公式のようなものも存在しない。なので、様々なQ-factorの製品があり、その上でスタンス幅を調整するための部品があり、それらをどう組み合わせるかというハウツーも、相互に矛盾するものを含めて、数多くある。そうして、私のような素人は迷うばかりになる。

さて、ブロンプトンのQ-factorを測ってみたところ、157mmだった。ロードバイクの146mmとマウンテンバイクの170mmの中間くらいだ。街乗りで使うことを考えると、高ケイデンスや高トルクを必要とするわけではく、ペダルに立ってバランスをとったりもしないので、Q-factorをとりわけ狭くしたり広くしたりする必要性はない。憶測だが、ビジネスマンがスーツを着て乗るかもしれないブロンプトンでは、右足の裾がチェーンやチェーンガードに触れて汚れるリスクを低くするために、多少広いQ-factorが望ましいと考えたのかもしれない。また、Q-factorが狭いと足の踵が輪行用のローラーに当たる問題も出てくる。そもそも、小径車であるブロンプトンのチェーンステイは広がりの角度が大きく、Q-factorを短くすると干渉してしまう。また、折り畳んだ際のクリアランスの問題で、Q-factorを長くすることもできない。ブロンプトンのQ-factorは走行性能で決めたというよりは、折り畳みの形状に制約されて必然的にそうなったと考えるべきだろう。クランクを変えれば150mmから175mmくらいの範囲で変更できる余地はありそうだが、現状の最適化されたバランスを崩すのはリスクが高い。

私はクランクをスギノのRD2に換装しているが、そうするとQ-factorは165mmになる。純正の170mmクランクから165mmのショートクランクにしたのに、Q-factorが広がっているということは、クランクの外向きの角度が大きいということである(Q-factorとクランク長が同じなのは単なる偶然)。正直なところ、今回Q-factorを測るまでこの事実に気づいていなかった。つまり、Q-factorが8mmも大きくなっているのに、私はそれを弁別していなかった。クランクが短くなって踏み心地が重くなったのに隠れていた変化だとはいえ、それに気づかないとはとんだ鈍感野郎だ。むしろ漕ぎやすくなったと喜んでいたくらいであり、ペダリング効率の悪化要因が含まれていたとは全く感じなかった。

ブロンプトンの純正ペダルは、左側だけ折り畳み機構がついていて、重さも踏面の形も左右で違う。何も考えないで踏面の真ん中に足を置くと、左右の足の車体中心からの距離が不均衡になってしまうので、左足を折りたたみ機構に擦らないように置いた上で、それと対応するように、ペダルの内側の端からかなり離して右足を置くのが望ましい。左ペダルの中心は根元から64mmだ。つまり157 + 64 + 64 = 285mmが純正の左右ペダル間隔となる。RD2につけた場合は165 + 64 + 64 = 293mmだ。純正ペダルは折り畳めて便利で、回転性能も悪くはないのだが、足の置き方に気を遣わせられるのは正直イマイチなところだ。

私のブロンプトンのペダルは三ヶ島ペダルのUrban Platformに換装している。Urban Platformは根本から中心までの距離が60mmなので、純正クランクにつけると157 + 64 + 64 = 277mmが左右ペダル間隔となる。RD2につけると、165 + 60 + 60 = 285mmだ。偶然にも、純正クランクと純正ペダルの組み合わせの左右ペダル間隔と、RD2とUrban Platformの組み合わせの左右ペダル間隔は全く同じだ。そう考えると、私がQ-factorの変化に鈍感だったのも仕方ない気がする。277mmでも285mmでも293mmでも、ロードバイクの典型である146 + 52 + 52 = 250mmとかよりも大きく、マウンテンバイクの典型である170 + 70 + 70 = 310mmとかよりも小さいので、「まあ普通かな」って感じなのだ。

私が地面に立って足を垂直にする姿勢を取ると、股関節の幅(左右の足の太ももの付け根の中心の距離)は220mmくらいで、その状態での膝関節の幅(左右の足の膝の中心の距離)は190mmくらいだ。O脚でもX脚でもない、普通の脚の形と言えるだろう。股関節の幅から考えても、膝関節の幅から考えても、285mmという左右ペダル間隔は、足を真っ直ぐに上げ下ろしする理想からすると広すぎる。運動性能を追求するロードバイクのQ-factorができるだけ小さくなるように努力しているのは納得できる話で、それから考えるとブロンプトンのQ-factorは広めだ。それでも、私は長らくこれを使ってきて、特に不満はなかった。それしか知らないのだから、そんなものかと思って使うだけだ。しかし、面白いことに、ロングライドの後半で疲れてきた時などは、ペダルの外側の端を踏んだ方が楽に感じることが多い。ロードバイクに乗っている場合でも、ロングライドの後半になるとクリートが外側に外れるほど足を外側に置きたくなる衝動が起こる。

「トルクが大きい場合には踏み足の荷重の重心が母指球側に移る」という説もある。それが真だとして、完全に母指球に重心が移ると仮定すると、足の中心線と母指球の中心の距離を2倍した値を股関節の幅に足したものが最適スタンス幅ということになる。私の場合、足の中心線と母指球の中心の距離は16mmくらいなので、220 + 16 + 16 = 252mmくらいが理想のスタンス幅になる。疲れた時にはケイデンスが落ちてトルク型の漕ぎ方になるから、スタンス幅を広げたくなる一因としてこの説を採りたくもなる。ただし、252mmはロードバイクのスタンス幅である250mmよりも長いからその説が成り立つ可能性はあるが、スタンス幅が285mmのブロンプトンでは成り立たない。そして歩行中の足圧中心の移動についての調査をいくつか見る限り、母指球を通るなんて話は出てこず、普通に足の中心線付近を通っている。歩行の場合には最後につま先が離れる瞬間だけ親指だけが接地している状態になるが、自転車のペダリングではその状態にはなり得ない。実際に自分でペダルを踏み込んだ感触としても、やはり真ん中に重心があるような気がする。踏み込んだ側に車体が若干傾くこととの関連性も考えたが、サドルに座っている限りは骨盤と足の相対的な位置関係は車体の傾きには影響されないはずだ。

それが走行性能にどう関わるのかはさておき、私がたまにスタンス幅を広げたくなるのは事実だ。しかし、低ケイデンス高トルクの走り方だからという説明をしたとしても、母指球重心説を持ち出したとしても、ブロンプトンでなぜ足の間隔を広げると楽に踏めるかという疑問には答えられていない。ペダルの回転面は地面に対して垂直なのだから、股関節と足の中心を結んだ線はそれと平行になるべきで、股関節をまっすぐ下ろした場所に足が位置するべきだ。斜めに足を踏み下ろす力はベクトルに回転面の接線方向以外の成分を多く含むことになり、ペダリング効率は確実に下がるはずだ。なのに、なぜ私はスタンス幅を広げたがるのか。その理由を考えたのだが、おそらく私が若干ながらガニ股気味の漕ぎ方だからだと思う。日常で立ったり歩いたりする際にはそうでもないっぽいが、自転車のペダルを漕ぐ時にはそうなる。股関節の自然な稼働面が体の正面に対して垂直ではなく、ちょっと外側を向いてしまう。これは骨格の問題ではなく、太腿とサドルが擦れるのを嫌がったり、陰茎が圧迫されるのを嫌がったり、足がチェーンに触れるのを嫌がったりといった無意識による癖の問題だろう。O脚やX脚というのも適切なスタンス幅を決める際の検討要素になるが、私はそのどちらでもなく、漕ぎ方がガニ股気味なだけだ。もしそうなら、つま先を正面に向けつつ膝を内側に引き付けて漕ぐ練習をするのが最も建設的な解法かもしれない。

母指球重心説は、ほんの少しその傾向はあるかもしれないにしても、荷重重心が母指球に完全に移るというのはありえないだろうし、そう主張している調査も見当たらない。よって、「スタンス幅が広い方が高トルクの入力がしやすい」なんて話は眉唾だと思う。「スタンス幅が広くてもケイデンスが低ければペダリング効率の低下がそれほど気にならない」ってくらいの主張ならわかるが、トルクが上がるというのは言い過ぎだ。ガニ股で膝が開いていてペダルを真っ直ぐ踏めていないのなら、スタンス幅を広げて膝下だけ真っ直ぐにしても、その分だけ股関節の軌道が斜めになるだけで、解決にならない。ペダリング効率が悪化するのみならず、関節の回転面が間接から離れるほど内側の筋肉に負荷が集中して、外側の筋肉が動員しづらくなるはずだ。以下の動画によると、実験室の実験の結果では、入力効率においてもエアロ性のどちらの観点でも一般的なロードバイクのスタンス幅は広過ぎで、Q-factorは130mmとかの方が良いとのことだ。もちろん構造の制約でそんな狭いクランクは競輪用のピスト車でもない限りは実現できないので、できる限り狭くするのが良いというのが結論になる。トップアスリートの中で、非常に大きな骨盤や非常に太い大腿四頭筋を持つ人は、スタンス幅を広げるメリットがあるかもしれないとのことだが、一般人がその条件に当てはまることは稀だろう。
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留意すべきは、ペダルに力をかけやすいという「踏みやすさ」の感覚と、ペダルにかけた力に対するクランクを動かす力の割合であるペダリング効率は別のものだということだ。スタンス幅を広げると踏みやすくなると私は感じるが、必ずしもそれは推進力が増加することを意味しない。無駄な方向の力をペダルが受け取っているだけかもしれない。踏みやすく感じても実際には推進力にならないなら、単に疲れるだけだ。一方で、たとえ踏みにくく感じてもペダリング効率が良いなら、弱い力でも推進できるので、長期的には楽になる。よって、常識的に考えれば、スタンス幅は狭い方がいいはずで、それに合わせた漕ぎ方を身につけるべきだ。

以上を鑑みて、ガニ股でなく内股気味というか、地面に垂直に太腿を上げ下ろししてペダリングするように練習したのだが、どうも私には合わなかった。まず、足が扁平で幅広なので、ペダルの内側に足を置くと靴がクランクを擦ってしまう。なのでギリギリ擦らない程度に足を置くのだが、それが結構気を遣う。そして、膝が外に向かないようにペダルを漕ごうとすると、いろいろと窮屈に感じる。内股がサドルのノーズに擦れて窮屈だし、股間が圧迫されて窮屈だし、太腿の付け根がサドルの縁に圧迫される感じもある。そして、足を引き上げる際に攣りそうになるし、足を踏み下ろす際に体幹が安定しない感じがする。体幹が弱いとか、骨盤が硬くて動かせていないとかいろいろ原因は考えうるが、早晩に直せる問題ではなさそうだ。

結局、ガニ股の矯正はひとまず諦めた。レースに出るわけでもないので、ペダリング効率が多少落ちても、今の自分の乗り方で楽しく乗れれば良いことにする。そして、スタンス幅を広げたくなってしまう衝動に素直に従い、左右ペダル間隔を広げることにした。ただし、「低ケイデンス高トルクの乗り方ならスタンス幅が広めが良い」みたいな説の信憑性は薄いので、それにしがみつくのはやめよう。素直に、理想的な漕ぎ方ができないから次善策としてスタンス幅を広げたと認めるべきだ。なお、フロントのチェーンリングをO.Symetricの楕円52Tに換装し、リアのスプロケットを11T+15Tに換装し、クランクをショートクランクにした結果、私のブロンプトンはかなり重い踏み心地の設定になっている。それでいて、クランク角の全方位でなるべく正のトルクをかけて負荷を分散させるように意識して漕いでるので、高すぎるケイデンスや高すぎるトルクで膝やその他の部位を痛めるリスクは低いはずだ。怪我しない限り、自分にとって楽な乗り方でいいと思う。あと、直立気味の乗車姿勢のブロンプトンにはあんまり関係ないが、前傾姿勢の場合にはガニ股の方が股関節の可動域が若干大きくなるので、上死点付近の足運びが楽になるらしい。

スタンス幅を広げたいとして、Q-factorはおいそれと変えられない。BBやクランクを変えるのは手間と金がかかりすぎる。しかし、ペダルに細工をすれば、スタンス幅を広げるのは簡単だ。まずはペダルの根本にワッシャーを入れて、ボルトが奥深くまで捩じ込まれないようにする。やりすぎるとペダルの設置強度が下がってしまうが、片方で2mm程度なら常套手段としてよくやられている。三ヶ島の製品には厚さ1mmのワッシャーがついてくるので、今回はそれをつけて、左右合計2mmを稼ぎ、287mmにした。しかし、それだけだと体感できる違いは出ないので、もうちょい広げたい。

ロードバイクでよくやられるのは、靴のクリートの設置位置を内側にずらすことだ。実際に私はクリートを最大限(といっても1.5mm程度だが)内側に寄せている。そうすると足はペダルの外側を踏むことになり、左右ペダル間隔を変えなくてもスタンス幅を若干広げることができる。ブロンプトンではビンディングではなくトウクリップを使っているので、同様の効果はトウクリップを外側にずらすことで得られる。といっても、既に限界まで外側につけていたので、それ以上にするには針金をひん曲げるしかなかった。なんとかペンチで頑張ってみたところ、トウクリップの中心がペダル中心より4mmくらい外側に位置するようにできた。三ヶ島のケージクリップならではの技だ。結果として、ワッシャーの1mmと足すと、左右の足の置き場所が5mmずつ外側にずれて、スタンス幅は295mmになった。ブロンプトンと一般的なマウンテンバイクのスタンス幅の差は25mmくらいであることから考えると、ペダルの細工でスタンス幅が10mmが足されたのは十分な効果を持つと考えられる。

細工の前と後の足の位置を比較しよう。クランクと靴の間隔に着目していただきたい。以前は靴とクランクが擦りそうなほど近かったが、細工後はかなり余裕がある。目論見通り、5mmほど足が外側にずれている。

スタンス幅を広げると足の角度がどれだけ変わるかを具体的に計算してみよう。まずは、ペダルが下死点にある状態にあるものとする。私の股下の長さは740mmくらいで、標準的なフィッティング方法に基づいて踵がギリギリ付く位置に下死点が位置するものとする。左右の股関節の幅は220mmくらいである。そして改造前のスタンス幅が285mmなら、股関節から地面に引いた垂線とペダルシャフトの延長線の交点からペダル中心までの距離は(285-220)/2 = 32.5mmとなる。となると、脚全体の地面に対する角度はacos(32.5/740) = 87.482度だとわかる。垂直からの乖離は2.517度だ。この状態での垂線の長さはsin(acos(32.5/740.0)) * 740 = 739.285mmだ。ペダルが上死点にある場合、そこからクランクシャフトの長さ165mmの2倍である330mmを引くので、垂線の長さは409.285mmになる。その際の脚全体の角度は、atan(409.285/32.5) = 85.459度だ。垂直からの乖離は4.540度だ。次に、スタンス幅を10mm延長して295mmにした場合の計算をする。出っ張り距離は5mm伸びて33.0mmになり、下死点での脚の角度はacos(33.0/740) = 87.440度となり、垂直からの乖離は2.555度となる。上死点での角度はatan(409.285/33.0) = 85.390度で、垂直からの乖離は4.609度だ。

つまるところ、スタンス幅を10mm広げると、下死点での角度は0.042度変わり、上死点での角度は0.069度変わる。クランク角3時の位置だとその中間くらいだ。この違いは、実際の速度に反映させたらほぼ誤差の範疇で、かなり敏感な人でないと弁別できないだろう。しかし、確実にペダリング効率を悪化させるものだし、競技選手ならその違いを感じ取るし、競技成績に反映もされるだろう。とはいえ、私は競技選手ではない。私にとって重要なのは、体感できない程度だが確実に発生するペダリング効率低下によるデメリットと、自分にとってより自然な脚の動かし方ができるメリットの、どちらが上回るかだ。

ハーフクリップと新しい滑り止め配列

ペダリング効率を追求するなら、ビンディングペダル一択だ。ビンディングペダル引き足による入力を可能にするだけではなく、クランク角の全方位で入力効率を向上させてくれる。とはいえ、通勤に使うブロンプトンビンディングペダルをつけたくはない。ビンディングシューズで通勤したくないし、街乗りで立ち転けを気にするのは嫌だ。そこで、トウクリップの登場である。これをフラットペダルにつけるだけで、ビンディングペダルのメリットのいくつかを享受しつつ、デメリットはほとんど被らない。ストラップで足を固定するフルサイズのトウクリップではなく、つま先をひっかけるだけのハーフクリップが私のお気に入りであり、おすすめだ。

ハーフクリップにつま先を引っ掛けると、クランク角8時から12時くらいまで股関節を曲げることによる引き足で入力できる。ビンディングペダルと違って固定されているわけではないので、強い入力はできない。しかし、ビンディングペダルでも引き足による入力は大きくしないのが定石であり、逆側の足の踏み込みの力を妨げない程度に安定して足を持ち上げるのと、プラスアルファでほんの少しの入力をするだけだ。ほんの少しの力しか加えないなら、ハーフクリップでも能力はそんなに変わらない。また、クランク角11時から2時くらいまではハーフクリップでもビンディングペダルと同様の強い固定力を発生させるので、膝関節を伸ばすことによる押し足でそこそこの入力ができるようになる。結果として、2時から4時までのパワーゾーン以外でも入力できるようになり、しかもパワーゾーンとは別の筋肉を使うので、疲労を分散しつつ速く楽に漕げるようになる。それでいて、普通の靴が使えるし、立ち転けの心配もない。フラットペダルを使っているのにハーフクリップを使わないなんて、勿体無い。

ハーフクリップとビンディングを比べた際の欠点の一つは、クランク角5時から7時くらいまで、膝関節を曲げて足を後ろに引くことによる入力がほとんどできないことだ。ハーフクリップは前方向にしかないので、足を後ろに引く時には何の固定力もない。そして、私が使っているUrban Platformというペダルは、トウクリップに最適化された美しいデザインなのだが、ペダルの上面に滑り止めの凹凸がほとんどないため、足を後ろに引く動きで全くグリップが効かないという欠点がある。それ以外のペダルにハーフクリップをつけた場合でも五十歩百歩で、推進力を生み出すほどの入力は期待できない。そこで、私はナットと針金を使った自作の滑り止めをつけている。これが靴底の凹凸にうまいこと食い込んで摩擦力がかなり増えるので、後ろ引き足で何とかギリギリ推進力になる程度の入力ができるようになった。強すぎる後ろ引き足をすると足が滑り出すことになるが、これがいわばセンサーもしくは安全装置の働きをして、無駄な力を入れないペダリングの習慣が付く。

左右ペダル間隔を広げるためにハーフクリップの位置を外側にずらしたついでに、今まで使っていた滑り止めを作り直した。従来の滑り止めはM3の六角ボルトと四角ワッシャーを組み合わせていたが、グリップ力はあっても、靴の裏を削ってしまう副作用があった。また、足の位置を左右方向にずらしても安定したグリップ力を維持するために、より広い範囲に滑り止めを配置する方が良いとも思っていた。

そこで、M4の六角ボルトを10枚並べる構成に変えた。M4とはネジ穴の直径が4mmという意味であり、当然M3よりも高さがある。高さがある方がグリップ力は高まるので、M5やM6にすることもできるのだが、そうすると踏んだ時に違和感が出るので、M4が最適だと思う。M4ナットを10個数珠つなぎにした輪っかをペダル上面の後端あたりにつけると、グリップが向上することが確認できた。10個数珠つなぎにすることで、微妙に上側に出っ張るので、それが靴底の溝に引っかかって絶妙なグリップ力を生み出す。コツは、ナットを固定する針金をの輪っかのテンションを針金が切れる寸前まで上げることだ。ナットに力がかかってもが全く動かない状態が望ましい。

また、ハーフクリップの針金を少しずつ曲げて、天井を低くして、靴の先端がギリギリ入るくらいにする。そうすると、靴底がペダルから浮きにくくなり、滑り止めの効果が向上する。そこまでするならフルサイズのトウクリップにストラップ付けろよと言われそうだが、そしたら咄嗟に足が外れなくて立ち転けするリスクがあるのでダメだ。また、フルサイズのトウクリップだと、乗り出しで装着する際に上から踏んで曲げてしまうリスクが高い。ハーフクリップですらたまにそれをやってしまうので注意だ。多少曲がってもすぐ直せるけども、出先でやるとちょっと面倒だ。

滑り止めで5時から7時まで弱いながらも入力ができ、また8時からはハーフクリップで弱いながらも入力ができるようになった結果、ほぼクランク全周で入力ができることになった。7時から8時は、足とペダルを固定するためのテンションがペダルの下面からハーフクリップに移る移行期間である。気持ち的には、クランク角6時過ぎくらいで靴の底で滑り止めを引っ張ったのを感じたら、速やかに足を上に運んでトウクリップをひっかける動作に入る感じだ。滑り止めが陸上の短距離走のスタートブロックだと思って、それを靴底の弾力で弾いた勢いでハーフクリップに捕まるイメージだ。この移行が早過ぎても遅過ぎても負のトルクが発生してしまうので、最適なタイミングを身につけるのが肝要だ。ゆっくりめに漕ぎながら練習するべきだ。慣れると、ビンディングには劣るにせよ、そこそこ素直な円運動の入力ができるようになる。

ハーフクリップで上方向と前方向への入力ができるようになり、滑り止めで後ろ方向の入力ができるようになった結果、ほぼ全方向での入力ができるようになっている。この事は、スタンス幅を広げた結果として上下方向の入力効率が落ちることの影響を緩和する効果があると、私は期待している。とはいえ、スタンス幅が狭い方が前後方向の入力も効率化するはずなので、幅広スタンスの不利を覆すようなものではない。

実際に走ってみた

渡瀬川に行った翌日だったので、アクティブレストとして軽く流して走ろうと思っていたら、予想以上に楽しく走れすぎて、いつの間にか小田原まで行ってしまった。その道中で新しい設定を吟味した。

多摩川の丸子橋から綱島街道を走って横浜駅に走った。基本的に平坦だが、たまにそこそこの上りがある道だ。走り始めてまず感じたのは、ペダル上の足の左右方向の位置がすんなり決まるということだ。何も意識しないでトウクリップに足を突っ込むと、理想的な位置に足が入る。以前は足が内側にずれて靴がクランクを擦ることがあったが、その問題が起きなくなった。また、ペダルに力を加えやすくなった感覚がある。それが推進力の増加を意味しないことは上述したが、気持ちよく漕げるという一点を持って、スタンス幅を広げて良かったと思う。所詮は10mm、片方だと5mmの変更でしかないので、実際の推進力の変化はほぼ無いといって良いだろう。その割には快適性が上がっている。サドルと太腿が擦りそうな感覚がなく、開放的な気分なのだ。

ケイデンスが高い方がスタンス幅が広いことの弊害が出やすいという説の真偽に関しては、ブロンプトンだと確かめにくい。私の2速のギア設定(52T/11T)だと111rpmで40km/h出てしまい、それくらいがブロンプトンと私の限界だ。その程度は高ケイデンスとは言い難く、足の回転がサチる感じにはならない。緩めの坂を1速のギア設定(52T/15T)にして80rpmで登ると23.1km/hになるが、それくらいでも快適だ。よって、スタンス幅を広げたことによるデメリットは現状では体感できなかった。

横浜を過ぎて、磯子方向に向かったはずが、適当に路地を走っていたら迷った。なんかいい感じの景色が見えたと思ったら、広大な墓地で意外だった。根岸共同墓地かな。特に名所でもないところで足を停めて写真を撮るのが私は好きだ。ロードバイクだと、ビンディングシューズなのもあって、こういう気まぐれプレーがやりにくい。

それはいいとして、変速比4.72と3.46の2段ギアで本牧磯子近辺のやたら坂ばっかりの地形をどう攻略するかだ。結論としては、今回つけた滑り止めが奏功したのもあり、全部シッティングでいけた。坂を攻略するにあたって、クランク角が11時から12時の位置でいかに回すかが問題になる。その位置は膝関節も股関節も大して力を出せない。さらに、逆の足は5時から6時だが、そこでは股関節は力を出せないので、膝関節を曲げる力だけが頼りだ。つまり後ろ引き足だ。それを効率化するのが、新型滑り止めである。実際のところ、それでも加速力を生み出すことはできないのだけれど、減速の度合いを軽減する効果は体感できる程度にはあり、パワーゾーンでの入力上限がさほど高くないシッティングの登坂に多大な貢献をする。そこそこの上り坂をシッティングで攻略する面白さに耽りつつ鎌倉街道を走っていたら、いつの間にか鎌倉の由比ヶ浜まで来ていた。ここでまったりしてから帰ろうとも思ったのだが、海風をもっと浴びたくてさらに江ノ島方向に西進してしまった。やはりちょっとガニ股気味の方が気楽に走れて、それでいて速度も乗るような気がするんだけど、でも気のせいなんだよなぁ。

七里ヶ浜まで走って、定番のPacific Drive-inの駐車場にて休憩。サラダチキンでタンパク質補給である。海風が強くてあんまり気が休まらないのだが、なぜだか幸福感を感じるのが海の景色の不思議なところだ。

そこそこの距離を走ったし、無駄に坂の上り下りをしているが、まだまだ脚は持つ。体力が向上しているのもあるだろうが、各種の工夫によって筋肉疲労が分散しているのもあるだろう。よって、さらに西進。国道134号、通称湘南弾丸道路は、江ノ島から平塚までは、西進する限りにおいて、左側が海なので、全くと言っていいほど信号に止められずに爆走できる。よって、ペダリング効率の限界を目指して漕いでみた。あくまでアクティブレストなので、疲れてはいけない。結果的には、息も上がらない程度の労力で、そこそこの台数を抜いて走ることができた。

スタンス幅を広げると大腿四頭筋の中の内側広筋に負荷が集中するとかいう話もあるらしいが、大腿四頭筋に負荷が集中しないペダリングを目指しているので、どこかが張るとか疲れるとかいう感じは一切なかった。激坂の登坂やスプリントをすれば話は別なんだろうけど、それらはブロンプトンの領域ではない。無理な加速を控えて、弱いが安定した入力をじっくり続けて、だんだんと速度を上げていくのが楽しい。そのためには、リカバリゾーンの前押し足と後ろ引き足を意識的に行う。滑り止めによって後ろ引き足の効率が上がるので、今回の二つの工夫は奏功していると言えるだろう。また、ロングライドを快適に乗り切るには、尻の痛みの方が問題になるが、その点ではスタンス幅が広めな方が、擦れがないので圧倒的に良い。

平塚を過ぎて大磯まで行ってもまだ脚が余っていたので、もうこの際、小田原まで行ってしまうことにした。着いた頃にはすっかり夜になってしまった。アクティブレストだったはずなのだが、なぜだか遠くに走ってしまうのは、自転車が体に適した設定になっている証左とも言えまいか。

ここまで走っても、まだヘトヘトって感じではなかった。日が暮れていなければ、まだ走れる余地が全然あった。自然に脚を動かしやすくなったので、モチベーションの維持がしやすい。そして、最終的にロングライドの範囲を制約するのは尻だと思う。尻が耐える限りは、まだ走れる。乗れば乗るほど脚と心臓はどんどん強くなるが、尻はそうでもない。尻に優しいという意味でも、広めのスタンス幅と、重めのギアでも漕げる滑り止めは貢献している。そういえば、一昨日、掛かりつけの医者で血圧と心拍を測ったら、安静時心拍数がついに50を割って49になっていて、「自転車ってずいぶん効果あるんですねぇ」と褒められた。私も驚いた。最近はサウナに入っていられる時間も顕著に伸びているので、自転車って人間を進化させると改めて思う次第だ。

まとめ

ブロンプトンのQ-factorは純正で157mmで、それに左右のペダルの中心までの長さを足した左右ペダル間隔≒スタンス幅は285mmだ。私はクランクとペダルを換装しているが、スタンス幅は285mmのままである。これは私の股関節の間隔220mmよりも長い。よって、スタンス幅は狭くした方が足が地面に対して垂直に近くなり、すなわちペダルの回転面に対して平行に近くなるので、ペダリング効率が上がるはずだ。逆にスタンス幅を広くするとペダリング効率は下がるはずだ。にもかかわらず、私はスタンス幅を10mmほど広げて295mmにした。それによって脚の角度のずれは下死点で0.042度、上死点で0.069度増えたが、体感では推進力は変わらなかった。それよりも、脚が動かしやすくなったことで、快適に乗れるようになったと感じる。快適さが増しただけで実際には遅くなっている可能性はあるが、そこは甘んじて受け止めよう。また、トウクリップと組み合わせて使っているペダル上面の滑り止めも改良し、下死点付近での後ろ方向の引き足を効率的にできるようにした。それによって、大腿四頭筋に大きな負荷をかけずとも、そこそこの速度でロングライドを走り抜けられるようになった…気がする。実際問題として、スタンス幅(=足の左右の位置)の違いはクリート(トウクリップ)の前後位置やクランク長の違いに比べると体感しづらい微妙なものなので、趣味で乗る分にはどうだっていいのかもしれない。ただ、いちおう一通りの仮説を踏まえた上で自分なりの意思決定をしたかっただけだ。