豪鬼メモ

抜山蓋世

ブロンプトンのチェーンテンションの調整

ブロンプトンのチェーンテンションを低くすることで機械抵抗を低減して楽に速く走るという話。テンショナーのバネを調整してそれを為す。


チェーンテンションとは、チェーンが引っ張られる力のことだ。つまりチェーンの張力のことだ。チェーンがギア(チェーンリングとスプロケット)から外れないためには常に一定以上の張力がかかっている必要がある。これが弱すぎると、ちょっとした振動でチェーンが浮いて、チェーンがギアから外れてしまう。一方で、張力が強いと、チェーンリンクの壁同士や、壁とチェーンピンの間や、チェーンピンとギアの間での摩擦抵抗が大きくなり、それは走行抵抗の増加に繋がる。実際、チェーンテンションを高くすると体感できるほどに遅くなる。特に低速走行時には機械抵抗の割合が大きいので、チェーンテンションが高いと「モッサリ感」が強くなる。よって、チェーンが外れない範囲で、できるだけチェーンテンションを下げることが望ましい。

ところで、ブロンプトンのチェーンテンショナーはかなり特殊な構造だ。可動域が180度以上あって、リアトライアングルを折り畳んだ状態でもチェーンに張力をかけて、チェーンが弛まないようにしてくれる。ブロンプトンでも他の自転車でも、ほとんどのチェーンテンショナーはバネを動力として張力を発生させている。バネは変形量に応じて元の形に戻ろうとする反発力を発生させる。つまり、可動域が大きいほど、可動範囲の中での張力の変動が大きいことになる。ブロンプトンでは折り畳み状態で最もテンショナーの腕が開いて、その状態で最も張力が下がるが、そこで十分な張力を発生させるべくバネの強さが設定されている。そうすると、走行状態ではテンショナーの腕が閉じていて、より張力が大きくなるので、走行状態での張力が必要以上に高くなってしまう傾向にある。変形量によって反発力が変わるというバネの特徴が裏目に出ている形だ。理想的には、テンショナーの腕の角度に係わらず一定の力で張力を発生させてほしいのだが、単一のバネでそれを実現することは不可能だ。バネの巻き数をゼンマイ並に増やすことで張力の変動は緩和できるが、費用や重量や耐久性の問題もあるので、純正でもサードパーティでも、テンショナーにあまり高度なバネは使っていない。



チェーンを長くすれば、走行状態でのテンショナーの角度が開き気味になるため、張力が低くなる。よって、チェーンを長くすることで走行抵抗を下げることができる。しかし、チェーンを長くしすぎると、折り畳み時にチェーン同士が接触して絡んでしまう問題があるので、それには限界がある。特にスプロケットを多段化している場合、トップとローの歯数の差が大きくなるため、歯数が少ないローギアにチェーンをかけた状態で折り畳んだ場合にチェーン同士が接触するリスクが高まる。さらに、楕円チェーンリングだと、チェーンとチェーンリングの嵌合部が短径の角度である場合にチェーンの必要外周が短くなるので、これもチェーン同士の接触リスクを高める。



私は3速化した際に折り畳み時のチェーンの接触を防ぐようにチェーンの長さを決めた結果、チェーンテンションが以前より高くなってしまい、体感できるほどに走行抵抗が悪化した。街乗りでモッサリ感がつきまとうのだ。



チェーンの長さを変えずに張力を変えるには、テンショナーのバネを弱めればよい。しかし、バネの力はバネの形状(長さ、太さ)と素材で決まっていて、既存のバネを加工して簡単に変えられるものではない。切って長さを短くすると却って張力変動が大きくなる。削って細くするにしても、全体を満遍なく削るのはかなり難しい。バネを交換するにしても、互換性のあるバネを選ぶのがなかなか難しい。しかし、純正テンショナーのバネを若干弱めるのには、簡単な方法がある。テンショナーの中を開けて、バネを固定する溝の位置をずらすのだ。元々の溝から左回りに90度の位置に彫刻刀やら電動ルーターやらで溝を掘って、そこにバネのフックを収めるようにすれば良い。90度でなく180度にすればもっと弱くできる。



私はテンショナーをLiteProのものに変えている。これはアルミ製で、剛性が高いので走行時に張力の変動がある楕円チェーンリングとの相性が良い。また、取り付けるプーリーやそのステーの自由度が高いので、3速化するのに都合が良い。バネの強さも純正とだいたい同じくらいだ。ただし、バネの巻き数が少ないのが欠点で、そのせいで走行時の張力の増加が大きくなり、走行抵抗も大きくなってしまう。純正のテンショナーの腕の根本が分厚いのは巻き数の多いバネを収めるためだと今更ながら気づいた。LiteProのテンショナーの腕には純正のバネは収まらない。

いずれにせよ、純正と同様にバネの固定位置を変えて弱くしたいのだが、丁度良い場所に溝が掘れないという問題がある。30度くらいずらした場所にフックをかけたいのだが、そこがツルツルなのだ。180度ずらしてつけることはできるのだが、反発力の低下が大き過ぎて、折り畳み状態はおろか、走行状態でもチェーンが弛んでしまうほどだ。



仕方ないので、ホームセンターで貰ってきた端材の木材を加工して、テンショナーの内部に詰め物を作った。ノコギリと電動ルータでゴリゴリと。設計の要点は、バネを箱に押し込めた力で詰め物が内壁と底に押し付けられるように、外縁のスリットの底をスロープ状にすることだ。これで30度ずらした角度でバネを固定できるようになった。30度で丁度良いのは、LiteProテンショナーのバネの巻き数が純正より少なくて張力変動が大きいからだ。



バネを緩めたテンショナーを取り付けたところ、アウタートップでチェーンの上下の遊びが20mmくらいになった。ミドルやローだともっと小さい。走ってみたところ、顕著に抵抗が下がって、楽に走れるようになった。モッサリ感が完全に消失し、街乗りで歩道を徐行している際や、信号停止後の発進時などには後ろから背中を押されるような軽快感すら感じる。慣れるとそれが普通になって何とも感じなくなるのだろうが、その違いは明確だ。ブラインドテストで100%当てられると断言できるほどには違う。それでいて、折り畳み時にもチェーン絡みの問題は起きず、また走行時にチェーンが外れることもない。絶妙なバランスにチェーンテンションが設定できた。折り畳み時のチェーンの状態は弛んで絡まるか絡まらないかのギリギリなので、これ以上チェーンテンションを下げることはできない。

チェーンテンションが低い場合、チェーン外れリスクや折り畳み時の問題以外に、欠点はないのか。個人的には、ほとんどないと思っている。強いて言えば、チェーンの輪の上側の線が重力で大きく弛むほど緩い場合には、足を止めた状態から足を動かし始めた時にその緩みが解消されるまでが遊びとなって、踏み込みに対する応答が一瞬遅れるのを体感することだ。この弛みとそれによる応答遅延は、程度の差はあれ必ず存在する。チェーンテンションが高いほど弛みが小さくなり、カッチリとした乗り心地になる(と同時に回転が渋くなってモッサリにもなる)。チェーンテンションが低いほど弛みが大きくなり、ガクガクした乗り心地になる(と同時に回転が軽くなってスルスルにもなる)。どちらが良いかは好みの問題だが、速く走りたいなら後者が得だ。競輪選手もできるだけチェーンテンションを下げるらしい。

そもそもなぜチェーンテンションが高いと抵抗が増えるのか考えよう。ペダルを漕いでいる時にはチェーンがものすごい力で引っ張られる。ペダリングによる張力はテンショナーがかける張力とは比べものにならないほど大きいのに、なぜテンショナーによる張力を気にするのか。それは、ペダリングによる張力が支配するのはチェーンの輪の上側の線だけだからだ。すなわち、チェーンリングとチェーンの嵌合部からスプロケットとチェーンの嵌合部までの間である。それ以外の区間は、「弱い方の張力」であるテンショナーの張力に支配される。チェーンリングやスプロケットの上に巻き付いたチェーンの区間もそうだし、チェーンの輪の下側もそうだ。チェーンがギアに巻き付いた区間ではチェーンが曲がり、そこで摩擦抵抗が発生する。チェーンの輪の下側はディレイラーとテンショナーのプーリーもあり、チェーンが複雑かつ急角度に曲がり、そこでも摩擦抵抗が発生する。よって、冒頭に書いた通り、チェーンテンションが高いと、チェーンリンクの壁同士や、壁とチェーンピンの間や、チェーンピンとギアの間での摩擦抵抗が大きくなるわけだ。

機械抵抗を減らす処置は引き算的で消極的な行為に見えるかもしれないが、裏を返せば走行性能を足し算している事に他ならないわけで、むしろ積極的行為だと言えよう。チェーオンオイルに拘るなら、チェーンテンションにも拘るべきだ。以前、某掲示板でチェーンラインやチェーンテンションと抵抗の関係について議論していたら、「そんな事を気にして自転車に乗って楽しいの?」とか皮肉を書かれたことがあった。私に言わせれば、そこを楽しまないでどうするって感じだ。運動して旅をして景色を見てご当地グルメを食って仲間とお喋りするのも勿論楽しいのだが、自転車ならではの特徴と言えばメカだろう。RCカーやミニ四駆みたいなものだと思えば、メカの考察とカスタマイズは必須だ。趣味のどの側面を重視するかは個々人の自由だが、自転車いじりもやってみると楽しいものだ。テンショナーのバネをいじるカスタマイズは費用無しでできて体感できるほど走りに影響があるので、入門としては最適だろう。ただし、元々のチェーンテンションが適切なのであればそれ以上の改善は見込めないけれど。

まとめ。ブロンプトンのテンショナーのバネを弱めてチェーンテンションを下げたところ、機械抵抗が減って軽快に走れるようになった。チェーンテンションは低過ぎても高過ぎても問題だが、低過ぎることの問題が現れない程度に低くすると幸せになれるかもしれない。