豪鬼メモ

MT車練習中

私とサイクリング

乗り鉄撮り鉄、模型鉄、時刻表鉄、駅弁鉄などなどの多様な趣向が鉄オタにあるように、自転車オタにだって、競技派、旅派、ポタ派、カスタム派、観戦派などなどの多様な趣向がある。私はここではカスタムの話ばかり書いているが、ポタ5:旅2:カスタム3くらいの比率で自分の興味が構成されていると思っている。ポタ=ポタリングとは、potteringという英単語の和製用法で、ゆっくりのサイクリングを意味するらしい。たまにはその話をしよう。


実際のところ、私のサイクリングは一般的にポタリングと呼ばれる活動よりはちょっとペースが速く、また走行距離が長い。発汗するくらいの運動量で2時間以上走るのは日常茶飯事だ。ただし、目的地が明確でなく、気の向く方向に気の向く速度で走り、特に何をするでもなく帰ってくるので、それこそ "potter" の原義である "do random, unplanned work or activities or spend time idly" を忠実に実践しているとも言える。まあ呼び方はどうでも良い。本稿で言いたいのは、サイクリングはいいぞということだ。

サイクリングが健康に良いというのは、半ば自明のことだろう。人間は自己最適化機能を持っていて、運動を多くすれば運動能力が向上し、知的活動を多くすれば知的能力が向上する。逆にそれらの活動をしなければ能力は衰えて、消費エネルギーを節約するようになる。生き残るために運動していた時代にはこの機構は都合が良かった。しかし、もはや生き残るために運動するわけではない我々現代人は、意識的に無駄な運動をしないと生物種として本来持っている能力が維持できないという非効率を抱えることにもなっている。よって、現代人は日常生活に意識的かつ無駄な運動を取り入れるべきだ。それをスポーツという。そして、サイクリングは最も日常に取り入れやすいスポーツだ。

ジョギングの方が何の道具も必要ない分だけ日常に取り入れやすいじゃないか、と言われるかもしれない。しかし、ジョギングは大量に汗をかくので、着替えが必要だ。ならばウォーキングはどうかという話になるが、運動強度が足りない。一方で、サイクリングは運動強度が自由自在だ。一般にポタリングと呼ばれるような汗をかかない程度の運動強度でも十分に楽しめるし、1分で事切れそうになるほどの猛アタックをかけるのも自由だし、汗を薄っすらかくが着替えは要らない程度の強度で30分なり1時間なり続けることもできるという、スペクトルで構成される。

椅子に座って行う運動だというのがサイクリングの最も特徴的な点だ。どっかり座ってゆっくり漕げば歩くよりも楽な運動になるし、立ち漕ぎして運動量を増やすこともできるし、それらの中間として座りながらペダル荷重を増やして漕ぐこともできる。地形によって運動強度が変動するので、図らずしてインターバルトレーニングっぽくなるのも美点だ。運動しながら休めるので、やろうと思えば起きている間はいつまでも続けられる。しかも、通勤通学や買い物や食事などのための交通モードとして利用すれば、無駄な運動であるはずのスポーツが無駄じゃなくなるという逆転が起こる。私はブロンプトンという折り畳み自転車に乗ることが多いのだが、屋外で歩く動作のほとんどが自転車の乗車に置き換えられていて、まさに日常の中に運動が取り入れられている。

ここで若干重い話なのだが、私は不整脈(心臓の期外収縮)の頻度が尋常じゃない。健康診断を受けたら、今すぐ心臓血管研究所に行けと医者に指示されたほどだ。実際にそこに行って心臓エコーなりホルター心電図なりの検査を受けたのだが、特に治療法があるわけでもなく、経過観察となって今に至っている。父も心不全を抱えているし、祖父も心臓発作で死んだそうなので、遺伝する要因があるのかもしれない。一般的な傾向としては心臓の能力を高めておくと不整脈に起因する合併症の確率が下がるらしいので、その診断以来はなるべく健康的な生活を心がけている。

ところで、心臓の能力は、一回の拍動でどれだけの量の血を流せるかということであり、それは安静時心拍数の低さとして表すことができる。一回の拍動で多くの血を流せれば、心拍数が低くても十分であり、その能力で心拍数を上げればさらに多くの血が流せることになる。一般人の安静時心拍数は60回から80回ほどだ。極度の運動不足の人は100回にも及ぶそうだが、逆に自転車のトップアスリートは30回とかに低くなるらしい。サイクリングは安静時心拍数を下げるのに効果的だと言われていて、多くのサイクリストはアスリート心臓と言われる60回未満の安静時心拍数を持つという。かくいう私も53回なので、日々のサイクリングは確実に健康の維持増進に役立っていると言える。

運動強度を心拍数によって分類する心拍ゾーニングという考え方がある。ゾーンを何階層に分けるかは学派によって違うが、L1とL2という軽い方から二つの分類は共通している。そして、L2の強度の運動を長く続けることが安静時心拍数を下げるのに効果的らしい。「最大心拍数の70%から85%」とか「運動中に筋肉に乳酸が蓄積しない限界くらい」とか、それに類する基準がある。体感的には「運動中にギリギリ喋れるくらい」の強度とのことだ。競技会に出るのであればもっと高強度のトレーニングが必要になるのだろうが、それは私にはあまり関係がない。私は日々のサイクリングの中でL2だと思われる運動強度を30分くらいは続けたいと思っている。それってもはやポタリングじゃなくてトレーニングじゃないかと思われるかもしれないが、そこが要点なのだ。ポタリングのつもりで気軽に楽しく走っているだけのに、L1だけでなくL2の運動強度も混じるようにできないか。

繰り返しになるが、私は目的地や経路を特に決めずにサイクリングする。その中でたまに運動強度が上がるように、縛りプレーをすることが多い。ところで、一般論として、効率よく速く走り続けるためにはケイデンス(1分間のクランク回転数)を一定にするのが良いと言われる。初心者は70rpmとかで、各種競技会の選手レベルになると90rpmとかで走るらしい。上り坂や逆風では変速比と速度を下げてケイデンスを保ち、下り坂や順風では変速比と速度を上げてケイデンスを保つ。しかし、ポタリングの運動強度でそれをやってしまうとL2にならないので、私は変速比に縛りを入れることが多い。すなわち、基本的にアウタートップで走るのだ。そうすると、街乗りでたまに現れる上り坂ではケイデンスが下がって運動負荷がL2どころかL3以上にも跳ね上がる。峠を登る際にはダンシングもしつつなんとか乳酸を溜めないL2の強度で走破できるように努力する。無理なら普通に変速比を下げる。逆に、変速比をやたら低くして足を回しまくる縛りを入れることもある。一旦L2以上に運動強度が上がると、なぜかL1で走っているのは物足りなくなるので、その後にも速度を上げてL2強度を継続してしまうことが多い。また、道中で自分と同じかちょっと上くらいの走行能力を持つサイクリストに出会った場合、気づかれない程度に離れつつ縛りプレーで追従する。これらを気が向いたときにやると、意図せずして、またはゲーム感覚で楽しみながら、運動強度が上げられる。

サイクリングの行き先で何をするか。これは特に決めていない。というか、風景を見るか、写真を撮るか、その辺に座ってKindleで読書する以外のことは基本的にしない。カフェで休憩するとか買い食いするとかはたまにやるけども、1000円以上の金を使うことは稀だ。一時期チェアリングに憧れて携帯椅子や携帯コーヒーメーカーを買おうと思った時期もあったが、自転車でそれらを運ぶと重すぎるので断念した。それよりは、普通にベンチやら石やらに座って現地調達の飲食物を摂取した方が楽だ。金をたくさん使わなくても十分に楽しめるところがサイクリングの美点の一つだ。家からちょっと走ったところに山城があり、その丘の上から里を見下ろしながら読書するのが好きだ。そんな貧乏くさいことしていて楽しめるのかと思われるかもしれないが、"Hunger is the best sauce." という諺がある通り、適度に疲れた体には休憩自体が快楽になるし、そこで飲み食いしたものは何でも美味く感じる。



日光を浴びると体内時計が整う。強めの光が目に入ると体が活動的になり、日中に十分に活動的になっておくと、夜によく眠れる。よって、私は日々一定時間は日光を浴びるのが重要だと思っている。それを習慣づけると、体がそのパターンを記憶して、朝の決まった時間に覚醒し、日中の決まった時間に活動的になり、夜の決まった時間に眠くなる傾向が身に付く。体内時計の調整に最適なのが、自転車通勤・通学だ。朝に15分なり30分なりでも自転車に乗ると、それだけで活動的に一日を過ごせるようになる。帰宅時にも同じ運動をするので、夕食が美味しく食べられる。雨の日には自転車に乗らないとしても問題ない。体内時計はすぐには変わらないので、また晴れた日に整えれば良いだけだ。通勤・通学に自転車を使わないとしても、週末の日中にでも外で適度な運動をすることは効果がある。自転車さえあれば何の道具も設備も約束も要らずに実践できるのがサイクリングの良いところだ。

サイクリングは体温調節機構を維持するのにも良い。暑い時には発汗し、寒い時には筋肉を動かして、体温を一定に保つ能力を人間は持つ。空調で管理された状況に居続けるとその能力も衰えてしまうので、時には適度に暑かったり適度に寒かったりする状況に身を置くべきだ。サイクリングをすると、暑い時には走行風を浴びることで発汗の作用が効率化し、寒い時には筋肉の活動により自然に体が温まるので、体温調節機能の効果を体が覚えやすくなる。それでも真夏は暑すぎて真冬は寒すぎると感じるが、それなりの装備をすれば何とかなるし、そもそも辛い時期に無理してやる必要はない。私の場合、寒さは苦手だし日が短くて夜に走るのも好きじゃないので、冬に長時間のサイクリングはあまりしない。逆に夏は一日中走り回って何リットルも汗をかいて服もバッグも塩だらけになることがある。

サイクリングで痩せるのか。これは難しい問題だ。摂取カロリーよりも消費カロリーが多ければ痩せるが、逆であれば太る。サイクリングはスイミングと並んで多くのカロリーを消費するスポーツであり、脚を中心に体幹や腕も含めた全身の筋肉が強化されるので、基礎代謝も上げられる。しかし、それで痩せるとは限らない。なぜなら、消費したカロリーの分だけ摂取しないと運動が続けられないからだ。栄養補給をせずにサイクリングを長時間続けると、ある時点で途端に体の動きが悪くなるハンガーノック状態になる。競技会に出るガチ勢だけでなく、私のようなエンジョイ勢でも普通にハンガーノックになる。よって、長距離走るようになると、意識的にカロリーの高いものを食べるようになり、意識しなくても食欲が増進するので、痩せない。痩せたいならば、ハンガーノックにならない程度に計算して摂取カロリーを抑える必要がある。それは、運動しないダイエットで摂取カロリーを抑えるのよりもむしろ難しいかもしれない。とはいえ、1時間未満の走行時間であればハンガーノックになることはまずないので、通勤通学や街乗りで自転車に乗る人が気にする話じゃない。適度に運動すれば、運動しないよりは痩せる効果があるだろう。

私は特に痩せたいわけじゃないので、気が向いたら長距離乗るし、腹が減ったら何か食べる。筋肉が多くて脂肪が少ない体型の方が美しいと思ってはいるが、モテを意識する年頃でもないので、あまり美観にこだわってはいない。健康であれば、また体が機敏に動かせるなら、別に太っていても構わないとすら思う。とはいえ、私の場合、サイクリングをしていなかったら今より太っていただろう。現状では、40代半ばの割には腹が出ていないし、むしろガッチリ系の体型である自負がある。特に食生活に気を遣っているわけでもなく、晩酌なども人並みにするが、それでも一定の体型を保っているのは、明らかにサイクリングのおかげだ。

サイクリングで最も強くなるのは脚の筋肉だ。膝関節を伸ばす時には、太腿の前側にある大腿四頭筋が収縮する。股関節を伸ばす時には、尻にある大臀筋が収縮する。それらは人間の筋肉の中で1番目と2番目に大きい筋肉であり、それらを発達させるのが基礎代謝を上げるのに最も効果的だ。もちろん、周囲の細かい筋肉も協調して動作するので、それらも鍛えられる。ロードバイクのように前傾姿勢で乗る場合、上半身の重みを支えるための体幹の筋肉も鍛えられる。また、登坂や加速時に強く踏み込む際には腕で体を引き付けるので、僧帽筋上腕三頭筋やその周囲の筋肉も鍛えられる。さらに、トウクリップやビンディング引き足を使う場合、ハムストリングスやらの脚の後ろ側の筋肉と、腸腰筋やら大腰筋やらの腰のインナーマッスルも鍛えられる。一方、大胸筋とか腹筋群とか上腕二頭筋とかの上半身の前側の筋肉はあまり鍛えられないので、それらは別の運動で補うのが良いだろう。腕立て伏せ、腹筋運動、懸垂とかを適当な回数やれば1日5分の筋トレで十分だ。

サイクリングは心の健康にも良い。体の調子が良ければ心意気も上がってくるが、それだけじゃない。よく言われるのが、運動したり日光を浴びたりすることで、セロトニンやらのホルモンが分泌されて幸福感が上がるというものだ。私は自分の血液を検査しているわけじゃないので実際に内分泌系に何が起こっているのか知る由もないが、自転車で外を走るとそれだけで気分が良いということは間違いない。

特に予定のない日には家の中で無為にダラダラと過ごすことがあるが、それで一日が終わるとなんか人生を損した気分になる。その時間の一部を家の外で無為にダラダラと過ごすことに当てるなら、何もしていないという点では同じなのに、若干充実している気分になるだろう。ところで、外でダラダラするといっても、どこかに座ってスマホを見るしかすることがないと思うかもしれない。街中や公園のベンチに座ってずっとスマホをいじっていたらむしろ惨めな気分になるかもしれない。そんな人におすすめなのもサイクリングだ。走行中はスマホが使えないので、少なくともスマホの束縛からは解放される。ただ走っているだけなんて退屈と思うかもしれないが、一日に数十分なり数時間なりそんな時間があってもいいじゃないか。実際には走行中に五感から様々な情報が入ってくるので退屈ではないし、考え事をするのに適した時間でもある。

自転車に乗っている時に何を考えているのかは人それぞれだろう。自動車やオートバイに乗っている時と同様だ。私の場合、食事のメニューを考えたり、買い物の内容を精査したり、その他の家事でやるべきことを整理したり、読み終わった小説や漫画の内容を思い返したり、自転車の機構や生理学について考察したり、プログラミングのアルゴリズムについて考えたり、ブログの内容を練ったりしている。その際に、メモを取るのが大事だ。やるべきことや面白いネタを走行中に思いつくことは多いが、10分も経つと忘れてしまうので、適宜停止してノートやスマホに思いついた内容を記録するのが良い。私はスマホGoogle Keepアプリに箇条書きでメモを取るようにしている。そうすると勝手にクラウドに共有されるので、帰宅してから別のデバイスで作業をするのも容易だ。この文章はまさにそのメモを手直ししたものだ。

サイクリング中にイヤホンで音楽を聞くのはありなのか。これは炎上しがちな話題だ。敢えて触れると、私はありだと思うし、実際に聞いている。法的なことを言うと、自転車の走行時にイヤホンをつけること自体は禁止されていない。状況判断に必要な音が聞き取れない状態で走行してはならないというだけだ。これは、スマホをナビとして装着しているだけでは違反にならないが、それを注視して状況判断が滞る状態で走行してはならないというのと同じだ。

ただし、都道府県ごとの条例についても考慮せねばならない。例えば東京都の東京都道路交通規則では「高音でカーラジオ等を聞き、又はイヤホーン等を使用してラジオを聞く等安全な運転に必要な交通に関する音又は声が聞こえないような状態で車両等を運転しない」とある。これは解釈が難しく、イヤホンが禁止されているとも読めるが、別の解釈もある。「高音でカーラジオ等を聞く」と「イヤホーン等を使用してラジオを聞く」が禁止されているわけではなく、それらを通じて「安全な運転に必要な交通に関する音又は声が聞こえないような状態」で走行することが禁止されているとも読める。つまり、骨伝導方式やオープンエア方式や外音取り込み機能で周囲の音が聞こえる状態であれば問題ないと解釈できる。それなら、ハンドルにスピーカをつけて音を出しているのと同じ扱いだ。また、長野県には、長野県自転車の安全で快適な利用に関する条例があるが、そこではイヤホンの使用について触れられていない。

よって、私個人としては、外音取り込み機能などで外の音を拾っているなら、イヤホンで音楽を聞きながら走ってもよいことにしている。もちろん自分のためにも人のためにも事故は起こしたくないので、適切な音量を設定したり、状況に応じて使用不使用を選択するようにはしている。なお、私は以前別件で警察に呼び止められた時にイヤホンをつけて自転車に乗っていたことがある。その際に「周囲の音が聞こえていましたか?」と聞かれたが、「はい」と答えたところ何の咎めもなかった。もしそこで「いいえ」と答えていたら切符を切られていたかもしれないが、定かではない。

市の図書館で音楽CDを借りてスマホリッピングしておいて、それをサイクリング中に聴くのが好きだ。図書館にあるのは平成時代までの古い音源だけだが、特に最近の音楽に興味があるわけでもない私にとっては十分だ。借りてリッピングするだけならタダなので、クラシックもジャズもロックもEDMもアニソンもゲームミュージックも、気になったら何でも借りてスマホに入れてしまっている。図書館にノートPCを持ち込んで、本を読みつつリッピング作業をひたすらすると捗る。毎回のサイクリングではアルバム1枚を無限ループさせることにして、多少気に入らなくても1周は聴くことにしている。1周目ではピンと来なかったけど2周目では意外にいいと思うこともたまにある。峠一つを越えるとだいたいアルバム1枚聴けることが多い。

峠と言えば、私の家は湯の丸高原地蔵峠の中腹にある。そこから峠まで9.4kmの道のりで844mの獲得標高になる。つまり平均勾配8.9%であり、なかなかの急坂コースだ。どんなにゆっくり漕いでもL2未満の負荷になることはなさそうだ。時間が空いていて気が向いた時にはそこを登ることがあるのだが、これがアルバム1枚聴くのに丁度良い。交通量が少ない一本道なので、音楽を聴いていても特に危険はない。急坂だが激坂というわけでもないので、ロードバイクはもちろん、ブロンプトンでも何とか登れる。虎の子のスギノスーパーヒルクライム32Tを使えば、シッティングだけでも筋肉痛にならない程度の負荷で登り切れる。その割に、頂上には中央分水嶺も通っていて、登り切ると結構な達成感がある。ここを登れる限りは私の心臓も大丈夫だと思う。



自転車に乗り始めたばかりの頃は坂や峠を毛嫌いしていたが、体力がついてくると、だんだんと好きになってきた。そもそも長野で生活していると坂や峠は日常なので好き嫌いを言っていられないのだが、慣れれば何てことはない。適切なギアを選べばそれほどきつくはないし、むしろゆっくり走れて気楽だとすら思えてくる。峠で面白いのは、勾配に関する感覚が麻痺してくることだ。勾配10%の区間を上り切った後に勾配5%の区間が出てくると、あたかも平坦のように感じる。街乗りの感覚だと5%ってそこそこな坂なはずだが、そこでグングン加速できてしまうのだ。同様に、勾配15%の区間を上り切った後に勾配10%が出てくると、上り坂ではあるが平和で安息した気分になる。この現象に名前はないものか。

サイクリングは自己肯定感を高める。峠を登り切った時や、ロングライドを走り切った時には、「よくやった俺」「俺はやればできる子なんだ」といった、特に根拠のない自己肯定感が湧いてくる。特に目的のないポタリングで偶然素敵な景色を見つけた時でさえ、「まだ見ぬ美しい世界が俺を待っている」などと思ってしまう。さりとて、たとえ峠が登りきれずに歩いてしまったとしても、ロングライドの途中で撤退したとしても、長時間走り回ったのに特に目新しい発見がなかったとしても、後悔のような負の感情は生まれない。走った分だけ自分が成長していると自然に思えるからだ。その意味で、サイクリングという活動には基本的に失敗がない。事故や怪我がなく無事に帰って来られたら成功なのだ。

私はグループライドは全くやらないが、SNSとかでそういう活動を見ると楽しそうだなと思う。しかし、サークル的な団体の選び方や参加方法がよくわからないので今のところ躊躇している。ブルベもやってみたいのだが、こちらは保険に入るのが面倒でシーズンを逃して早何年という感じだ。これに関しては来季こそは重い腰を上げたい。

自転車は長距離の移動手段としても役立つ。私は長野と東京の間の移動を頻繁にするが、そこで折り畳み自転車が大活躍する。公共交通機関で行こうとすると出費が結構痛い。まず、家と最寄駅の間はタクシーで2000円かかる。東御市の最寄駅から新宿駅まで電車で行くには、新幹線を使う必要があり、6680円かかる。一方、東御市から東京まで自転車で行けば、当然0円だ。190kmくらいなので、日中だけのサイクリングでなんとか行ける距離だ。とはいえ、それはそこそこ気合いがないとできないので、もうちょいお手軽な行程を選択することが多い。典型的には、家から高崎駅まで70kmほど自転車で走って、そこから電車輪行新宿駅まで行く。それだと1980円で済むし、午後の散歩のつもりで行ける。もうちょい手抜きして、家から最寄駅までと軽井沢駅から横川駅までの合計25kmだけ自転車に乗るという手もある。昔は軽井沢と横川の間に信越本線が通っていてアプト式鉄道で碓氷峠を越えていたのだが、それが廃止されてからは新幹線に乗るしかなくなった。そういった空白部分だけ補うというのは折り畳み自転車の本領発揮といったところだ。碓氷峠以外の道は鉄道と並走する感じになるので、いつだって電車と自転車を切り替えられる。行きは下り基調なので自転車多めで、帰りは登り基調なので電車多めにする。最初は自転車で走って日没や雨になったら電車に切り替えるというのが典型的だ。

碓氷峠は私が最も好きな峠の一つだ。長野中部と関東を行き来する際に越える峠は碓氷峠(国道18号)と内山峠(国道254号)と十石峠(国道462号)から選べるが、私はたいてい碓氷峠を選び、しかもバイパスではなく旧道を使う。17kmくらいのなだらかなコースで、平均勾配が4%くらいしかないので、楽に登れる。それでいて交通量が少なく、景色も良くて鉄道遺構などもあって飽きない。下りはもっと楽しい。S字やヘアピンなどのテクニカルコーナーが多いので、低速で走ってもコーナリングの妙を楽しめる。カーブ進入前に前輪後輪両方ブレーキで大まかな速度調整をすると同時にイン側への体重移動を始め、前輪ブレーキだけを離すと、その瞬間に車体がイン側に切れ込んで良い感じのラインを描いてくれる。後輪ブレーキは緩めるだけで離さず、旋回中の速度調整は後輪ブレーキだけで行う。前輪ブレーキを使うと車体が立ってしまうからだ。街乗りのコーナリングではこの身体操作感は味わえない。



釣りとかキャンプとかのアウトドア遊びの足として自転車を使うのを模索していた頃もあったが、それらの用途には自転車は不向きだというのが私の結論だ。なぜなら、必要な荷物が運搬し辛いからだ。荷物を最低限に減らせばできないこともないのだが、現地での利便性が下がるという本末転倒なことになるので、無理に自転車を使っても幸せになれない。それよりは、自動車やオートバイを使った方が良いだろう。最近はオートバイの購入を真面目に検討していて、原付二種のスーパーカブ125かグロムあたりにするか、中型のW230かレブル250あたりにするかなんて夢想をしている。意地になって何でも自転車を使う必要はなく、適材適所が大事だ。

サイクリングには基本的に金がかからない。輪行の電車賃と出先での食事代は発生し得るが、他の活動をしてもそれらの金はかかるし、自走したり弁当を持参したりすればそれも回避できる。ただし、自転車を購入して保守するのにそれなりの金がかかる。私はブロンプトンを8年前に20万円ちょいで買い、アンカーのRFX8は兄のを譲り受けたが、それらの保守やカスタマイズで合わせて30万円くらいは使っていると思う。とはいえ、8年で50万円と考えると、大人の趣味としてはかなり安上がりとも言える。通勤でも使っているので、そこで節約した交通費を考えるとトントンくらいだろう。折り畳み自転車とロードバイクの2台持ちは、気楽に乗りたい場合と颯爽と走りたい場合の両方の要求に応えられるので、熱心な自転車乗りがこの構成に落ち着くことは多いらしい。

しかし、最近は物価高で、事情が変わってきた。ブロンプトンを今買うと25万円かかる。アンカーのミドルグレードのRE2の105モデルを買うなら49万円かかる。おいそれと買い換えることはできない。なので、できるだけ現有の機材を大切に使っていこうと思う。とはいえ、乗れば消耗するのが自転車だ。乗らないと意味がないのでガンガン乗っていくわけで、保守の金はこれからも払っていくだろう。ブロンプトンのカスタマイズは一段落したし、RFX8はほぼノーマルなので、大きい故障がなければ、年間の出費は合わせても3万円くらいで済みそうだ。

まとめ。サイクリングはいいぞ。楽しいし、心と体の健康が維持増進できるし、日常や旅の移動手段としても使える。