豪鬼メモ

一瞬千撃

大阪東京キャノンボールの準備

東京・大阪間の片道を24時間以内に自走するというキャノンボールという慣習があるが、それをやってみることにした。その準備について詳述する。

背景

Super Randonneurを取り、またブロンプトンで600kmも完走したので、ブルベでやっておきたいことは大体やってしまった。1000km以上のBRMにも興味がなくはないのだが、開催数が少ないので、少なくとも夏の間には参加できない。自分で日程を決めて走るAJパーマネントでもやってみようかなと思っていた時に、ふとキャノンボールのことを思い出した。これはブルベと違って誰が認定するわけでもなく、コースも決まっておらず、勝手に走って勝手に達成を名乗るだけだ。足代と飯代と宿代の他に費用もかからない。てことで、ノリでやってみることにした。

なぜ今なのかというと、ブルベとその準備でCTLを高めているこの状態でやっておきたいからだ。同じ体力を維持するコストは非常に大きいし、齢を重ねるほどに難しくなる。また、雨のリスクが高い6月だが、日が長いという利点がある。私は夜間走行が嫌いなのだ。夜間は距離感が鈍るし、身体的苦痛が増幅されるし、落車や交通事故のリスクも高い。よって、夜が短い6月は好機だ。理想を言えば、涼しく雨が少ない5月の方が都合が良かったのだが、過ぎてしまったものは仕方がない。5月だけで2635kmも走っているので、おそらくFTPは223Wだった頃よりも上がっている。走り込んでいる割にはFTPが低いという言い方もできるのだが、おそらくL2負荷での持続力と回復力に関しては同FTPの競技初心者勢よりは強くなっているはずで、ロングライドの能力はそれなりに高いという自負が出てきた。

ルート選定

東京スタート大阪ゴールの西向きか、大阪スタート東京ゴールの東向きかの方向選択がまず重要になるのだが、迷わず東向きを選んだ。西風が吹く確率の方が高いからだ。また、天気は西から東に移るので、晴天時にスタートすれば最後まで晴天に恵まれる確率が多少ながら上がる。

具体的なルート選定は初心者には簡単ではない。距離が短く、獲得標高が低く、路面が良く、自転車通行可能なルートを選択したいところだが、地図上ではなかなか判断しづらい。学生のころに極力国道1号をなぞって旅したことがあるが、距離も獲得標高もひどいことになるうえ、自動車専用道の迂回でかなり無理な道程になった。そんなことをしていたら24時間では間に合わない。しかし、先達のルートを模倣すれば問題は解決する。Riede with GPSで公開されていたものを若干改良して、以下のルートを作った。 ridewithgps.com

いわゆる伊賀越え・御殿場越えと呼ばれるコースで、距離は514.5kmで、獲得標高は4253mとのこと。鈴鹿を避けて25号沿いに伊賀を通ることで獲得標高と距離を減らし、箱根を避けて246号沿いに御殿場を通ることで獲得標高を下げている。グロス平均速度21.5kmで仮眠なしに24時間走るというのが完走条件になる。そうなるとネット平均速度で25km/hくらい出せないといけないことになる。これは私の走力ではギリギリできるかできないかくらいの挑戦になる。しかし、キャノンボールには良いところがある。日程を自由に選べるので、晴天かつ追い風という条件が揃いそうな場合にのみ出走すればいいのだ。そして、中盤で無理そうなら体力を使わずに素直に諦めて、最初からやり直せば良いのだ。失敗はリハーサルまたはトレーニングとみなして、成功するまでやれば、いつかは成功する。フリーランスIT業の私にならそれが可能だ。

Ride with GPSが算出した獲得標高は4253mと算出されたが、これは疑わしい。別の人が逆方向で引いたほぼ同じルートでは損失標高3326mになっている。おそらく私が元にした実走行ベースの経路がサンプル数が多くなっていて、海岸線パラドックスによって獲得標高が増えてしまっている。GPSの誤差を含んでいるのもあるかもしれない。よって、獲得標高3326mくらいと考えておくのが妥当だろう。

スケジュール

具体的なスケジュールを立てよう。24時間走るので、睡眠サイクルについては考えなくてよいが、元気なうちに夜間走行を終えたい。よって、夜10時に大阪を出発する。グロス平均速度22km/hで進むことを目標とすると、以下のスケジュールになる。

地点 距離 経過時間 到達予定時刻
大阪 0km 0時間 22:00
名古屋 165km 7.50時間 翌05:30
静岡 340km 15.45時間 翌13:27
沼津 385km 17.50時間 翌15:30
秦野 445km 20.23時間 翌18:14
東京 514km 23.36時間 翌21:22

グロス22km/hは相当に速いので、今の私には、追い風じゃないと難しそうだ。パワー換算のペース配分は、おおざっぱにやるしかない。ネット平均速度25km/hを目標にすると、平地無風でのトップスピードは30km/hくらいが目標になり、その際の必要パワーは140Wくらいになる。登坂ではより高いパワーになり、下りや減速時にはより低いパワーになるので、総合的に考えると平均パワーは140Wで見ておくと良いだろう。その節約パワーで名古屋まで走ってみて、風などの関係で時間が守れていなかったり、その時の体調が芳しくなければ、やり直す。コンコルド効果を避ける戦略的撤退である。長野に帰るのではなく、大阪に戻って、TSSに応じて1日か2日の回復日を設けてから、それ以降の気象と体調の良い日にまた挑戦する。

そうすると、名古屋で条件を達成した時点で、ちょっと疲れた状態で始まる350kmブルベということになる。それなら何とかなりそうだ。BRM509群馬400でネット平均速度が25.6km/hだったことから考えると、400kmまでは普通に行けるはずだ。沼津あたりまでは平坦基調なので惰性でいけるだろう。眠い中で迎える御殿場越えが正念場になるだろうか。246号のその区間は路肩が狭く大型トラックが多いが、そこを明るいうちに通過するのが重要だ。秦野まで行ければ、それ以降はもう大した坂もない。日没を迎えるのは厚木あたりか。それ以降は夜間走行になるが、道幅が広く街灯も多い区間になり、ゴールが近づいて士気が上がることもあり、問題ないだろう。

風について

風を待つのはずるではないか、敗北主義ではないかという見方もあるが、私はそうは思わない。エベレストの山頂を目指すのに悪天候の日を選ぶ奴はいない。仕事量が多い方が偉いというなら、ドライジーネで走るべきだろう。そうでなく、整備されたロードバイクで出走している時点で、好条件を既に選んでいるわけだ。ならば、成功率を最大化させるという小目的を認めて、できることを全てやるべきだ。もちろん、そうしないで縛りプレーをするのも個人の自由だ。総重量80kg、CdA値0.33、空気密度1.2kg/m³、転がり抵抗係数0.004、駆動伝達ロス4%に基づき、25km/h巡航時の必要パワーを1m/s刻みの風力毎に算出すると、以下のようになる。

風速 (風向き) 空気抵抗 転がり抵抗 後輪出力 (小計) 駆動ロス (4%) ペダル入力パワー (合計)
5m/s (追い風) 5 W 22 W 27 W 1 W 28 W
4m/s (追い風) 12 W 22 W 34 W 1 W 35 W
3m/s (追い風) 21 W 22 W 43 W 2 W 45 W
2m/s (追い風) 34 W 22 W 56 W 2 W 58 W
1m/s (追い風) 49 W 22 W 71 W 3 W 74 W
0m/s (無風) 66 W 22 W 88 W 4 W 92 W
1m/s (向かい風) 87 W 22 W 109 W 4 W 113 W
2m/s (向かい風) 110 W 22 W 132 W 5 W 137 W
3m/s (向かい風) 136 W 22 W 158 W 6 W 164 W
4m/s (向かい風) 165 W 22 W 187 W 7 W 194 W
5m/s (向かい風) 196 W 22 W 218 W 9 W 227 W

登坂や信号発進等も含めてネット平均速度25km/h巡航にするには、平地でのトップスピードは30km/hくらい欲しい。それを維持するためのパワーは以下のようになる。

風速 (風向き) 空気抵抗 転がり抵抗 後輪出力 (小計) 駆動ロス (4%) ペダル入力パワー (合計)
5m/s (追い風) 18 W 26 W 44 W 2 W 46 W
4m/s (追い風) 31 W 26 W 57 W 2 W 59 W
3m/s (追い風) 47 W 26 W 73 W 3 W 76 W
2m/s (追い風) 66 W 26 W 92 W 4 W 96 W
1m/s (追い風) 89 W 26 W 115 W 5 W 120 W
0m/s (無風) 115 W 26 W 141 W 6 W 147 W
1m/s (向かい風) 144 W 26 W 170 W 7 W 177 W
2m/s (向かい風) 176 W 26 W 202 W 9 W 211 W
3m/s (向かい風) 212 W 26 W 238 W 10 W 248 W
4m/s (向かい風) 251 W 26 W 277 W 12 W 289 W
5m/s (向かい風) 293 W 26 W 319 W 14 W 333 W

一口にキャノンボール達成と言っても、風の状況を知らないと、どのくらい苦労したのかは全くわからんということだ。5mの向かい風でキャノンボールを達成するのはポガチャルですら困難だが、5mの追い風ならば初心者でも達成できるというくらい、風向きによって難易度が変わってしまう。私は苦労したいわけじゃなくて、まずは達成したいので、風を読む。Windy.comなどを使い、出発時(大阪)と8時間後(名古屋)と16時間後(静岡)の各地点での風速のいずれかが追い風2m以上で、向かい風の予報がない、という条件でのみ出走する。期待値として向かい風2mで走れるとすると、96Wを出し続ければ済むのだ。キャノンボールの達成基準としてパワーウェイトレシオ4倍というのが言われるが、それ未満の私でも、風を読めば行けるはずだ。

その他の戦略

栄養補給に関しては、ブルベで培ったものをそのまま採用する。つまり、50km毎にオニギリ1個と特製ドリンク1本を補給する。今回は発汗が多いことが予想されるので、ドリンクはちょっと薄めにする。空腹感がない場合にはオニギリとドリンクの量を省略することで、胃の容量や血糖値を調整する。前日(実際には当日の昼寝前まで)のカーボローディングも行う。

自転車は、Anchor RE8を使う。ブロンプトンでは無理だ。荷物もブルベと同様で、最低限の着替えと電子機器と薬品類とドリンクの材料だけをサドルバックに入れていく。輪行袋や工具類一式はツールボトルに収める。絶妙な高さに嵩上げしたDHバーをつけて、空気抵抗を削減してCE(cycling economy)つつも、上半身と尻を休めて生体的GE(gloss efficiency)を上げる。ハーフクリップペダル搭載でゼロトルクの引き足を行うとともに、足つきを良くして停車時や低速時の落車を防ぐ。楕円チェーンリングと超乙女ギアの導入で代謝と膝関節を守る。もちろんパワーメーターと心拍計でペース管理を行う。

トップチューブバッグは膝が擦れるので外して運用する。サイコンにはIGS630を使うが、24時間は持たないので、モバイルバッテリーで外部給電する。ライトやスマホもそこから給電する。モバイルバッテリーはハンドルの前に突き出したサイコンアームの下に荷締めバンドで括り付ける。ハンドルステムにはガーミンマウントを増設し、そこにスマホをマウントする。スマホではGPXルートデータを登録したOSMAndアプリを起動しておき、ナビのバックアップと音声案内をさせる。

たとえ追い風でも登坂は楽ではない。大阪から奈良に入る清滝峠で200mくらい登るのが急坂なのと、滋賀から三重に入る加太峠まで250mくらいダラダラと登るのと、愛知から静岡に入る本坂トンネル前で200mくらい登るのが急坂なのと、静岡県内の菊川坂や宇津ノ谷トンネル前でそれぞれ150mくらい登るのと、そして御殿場で400m一気に登るのがハイライトだ。しかし、獲得標高3326mという数字からの印象とは異なり、どちらかというと平坦基調のコースと言うべきだろう。平地の追い風で貯金が作れていれば、低いパワーと軽いギアで速度を落として登坂しても間に合う。さすがに御殿場は頑張らなきゃいけないが、400mの登坂は毎日やっている負荷でもあり、特に苦手意識も感じない。まったり漕げば普通に越えられるだろう。その区間を明るいうちに走破できることも重要だ。

600kmブルベでは3時間半の仮眠で全く眠くならなかったが、仮眠無しで24時間走るというのは大学生の時以来なので、そこが最大の課題であろう。眠気の耐性は走力とは別問題なので、どんなに健脚の人でも苦しむだろう。疲労と眠気が関連するという点では、疲労が相対的に少ない健脚の人の方が有利ではあるが、風を読んだ凡脚の方がそうでない健脚よりも疲労度の点でも有利なので、私が特段眠気に悩むということはないはずだ。とはいえ、やってみないとどうなるかは分からん。終盤はブラックブラックガムで乗り切る。最終兵器エスタロンモカも一応持って行くが、代謝がめちゃくちゃになりそうなので、どうしてもという時までは控える。

大阪での滞在は天神橋筋六丁目にある快活クラブ天六店を拠点とする。スタート地点の梅田新道交差点から2kmくらいの位置にあり、価格設定が都市部の割に安い。数日前に現地入りして、昼間は図書館やらドトールやらで読書や仕事をして、スーパー銭湯(湯源郷 太平のゆ とか)で昼寝の練習をする。15時に眠って21時に起きるのが理想だが、まあ適当でよい。そうしてダラダラ過ごすことで、ATLを下げてTSBを上げる。出発当日は快活の個室で本気で眠ってから、21時頃に起きて、まったりと準備してから、出発地点に向かう。実際のスタート時刻は自分で勝手に変えられるのが楽なところだ。

まとめ

総じて、風を読んで成功確率を一定以上に高めたうえで、成功するまで再試行するという、風見鶏リセマラ戦略を採るのであれば、ほぼ確実に成功すると言える。失敗試行の際にも経験値とCTLが稼げるので、事故や怪我さえ起こさなければ、各試行の成功率すら徐々に上がる。トレーニングを重ねても事故や怪我の確率は上がるので、試行回数を増やすことによるリスク上昇がとりわけ高いとは言えず、むしろトレーニングを少なくして成功させたほうが安全とも言える。身も蓋もない言い方をすると、試行に時間と手間と金の投入を惜しまないことが成功確率を100%に漸近させるのだ。疲労や眠気に耐えて最終的な決め手となる精神力も、これまでの経験で醸成している。トレーニングで走力をもっと上げるという以外にこれ以上成功率を高める方法はなく、トレーニングに時間を当てるくらいなら試行回数を増やす方が効率が良いので、現状の戦略は最善に至っていると考えられる。