豪鬼メモ

一瞬千撃

自作アポダイゼーションフィルタの失敗

レンズのプロテクトフィルタに漫画用のスクリーントーンを貼れば任意の形のグラデーションフィルタが作れると思い立った。さらに、中心から周辺に向かって徐々に暗くなるようにすれば、簡易的なアポダイゼーションフィルタとして作用して、ボケ味を改善する効果があるのではないかとも考えた。結論としては、失敗だったが、一応経緯をまとめておく。
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長焦点のレンズの方がボケ味への影響が見やすいので、実験用のレンズとしてはM.Zuiko 45mm F1.8を選択した。そのフィルタスレッドは37mmなので、Kenko 37mmレンズフィルターPRO1Dを購入しておいた。あんまり安いフィルタだと、フィルタ自体のせいで解像度が落ちたり色味が変わったりしてしまうらしいので、定番の中級品を選択。いちおう、フィルタなしとフィルタ付きの等倍画像比較をF1.8とF22でやってみよう。写真を見てフィルタの有無を弁別できることはまずないということが確認できる。

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予備実験として、レンズの前玉のちょい前に光路を遮る遮光板を置くとどうなるのかということを考えてみたい。黒い画用紙をプロテクトフィルタ内径の大きさに丸く切って、その中心に光を通す穴を開ける。穴のサイズは4種類を用意した。それぞれで、被写界深度(ボケ量)がどの程度になるか、また周辺減光はどのようになるのかについて調べたい。

その前に、MZ45の各絞りによる被写界深度が各絞りでどのようになるかを見てみよう。主要被写体としてピントを合わせる扇風機はカメラから1.5mの位置に置き、これは換算90mm画角だとバストアップを撮る感じの距離感だ。そうすると、カメラから6mくらいの位置にある背景はそこそこボケる。当然ながら、絞り開放のボケ量が最大で、そこから絞るほどに、ボケ量が減っていく。周辺減光が開放でもあまり感じられないが、これはLightroomの自動補正による効果もあるだろう。

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カメラはAモードに設定したので、適正露出を得るためにシャッタースピードや感度は自動設定されるが、露出値(2 * log2(Aperture) - log2(ShutterSpeed) - log2(ISO/100))は入射する光量に比例するはずだ。実際の露出値は、F1.8で6.7EV、F2.0で6.6EV、F2.8で6.6EV、F4.0で7.0EV、F5.6で6.9EV、F8.0で6.9EV、F11.0で6.8EV、F16.0で6.9EV、F22.0で6.9EVだった。これらの値は開放近くで少し減光があることを示唆している気もするが、誤差の範囲と言ってもよさそうだ。

次に、遮光板の開口部が25mm、20mm、15mm、10mmの例を挙げる。絞りは開放F1.8で固定である。この場合も、絞りで絞り込んだように、徐々にボケ量が減っていく。意外なことに、周辺減光があまり目立たない。

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開口部25mmのボケ量は、F1.8と全く変わらない感じだ。露出値は6.7EVなので、光量は100%だ。

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開口部20mmのボケ量は、F2.0と同じくらいだろうか。露出値は6.3EVなので、光量は75.8%だ。

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開口部15mmのボケ量は、F4.0よりちょっと多いくらいだろうか。露出値は5.3EVなので、光量は37.9%だ。

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開口部10mmのボケ量は、F5.6と同じくらいだろうか。露出値は4.0EVなので、光量は15.4%だ。

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この予備実験でわかるのは、MZ45にレンズプロテクタをつけた位置の面における光路の範囲は、中心の直径20mmを超えて25mm未満の円に収まるということだ。中心に直径10mmの開口があればF5.6相当の光量が得られ、直径20mmの開口があればF2.0相当の光量が得られるということは、10mmまでは開口してそこから20mmより少し外にかけて徐々に暗くなるフィルタが実装できれば、F5.6とF2.0の間くらいの光量が得られるだろう。

もうひとつ気がつくのは、遮光板によって周辺減光が発生しているはずなのに、開放でも目立たないということだ。また、開口部10mmでF22まで絞っても遮光板の淵は見えない。ということは、この位置の遮光板はほとんど絞りのように使えると言ってもいいわけで、アポダイゼーションフィルタとしても問題なく使えるという希望が出てきた。
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とはいえ、周辺減光が起き得ることを確認すべく、中心から直径10mmの円に内接する三角形の開口部の遮光板をこしらえて撮ってみよう。左がF1.8で右がF22の例。ここまで開口部を狭めると、絞ることで遮光板の淵がはっきりと見える。

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なお、私はMZ45にエツミの37mmのメタルインナーフードをつけているのだが、それはいわゆるフジツボフードで、開口部が28mmしかない。今回の実験と同様に露出値で判断する限り、この組み合わせで減光が起こることはない。20mmではほんの少し減光するので、前玉より少し離れた位置で28mmというのは減光しない限界に近いと思われる。ギリギリまで攻めているという点では、このフードの遮光性能はかなり良いと言えるだろう。
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考えてみると、焦点距離が45mmでF値が1.8なのだから、有効口径が 45mm / 1.8 で25mmになることは明白だ。有効口径とは前玉の使っている部分(入射瞳)の口径だ。無限遠に被写体があるという前提だと、平行光しか来ないことになるので、有効口径と絞りの口径は一致する。平行光しか考えないのであれば、この実験でのフィルタのように前玉から離れた位置にあっても、口径25mmの穴が空いていれば減光はない。しかし実際には画角の分だけ斜めの光が入ってくるので、実際の前玉の口径やフィルタの口径は25mmよりは大きい必要がある。実際にどの程度の大きさが必要なのかは光路の形によるので、焦点距離F値からだけでは分からない。


本題のアポダイゼーションフィルタの話に移ろう。この技術は、もともとは天体望遠鏡の技術として発展したそうで、絞りによる高次の回折光を低減して低周波コントラストを上げるための仕組みらしい。その代償として、光量も解像度(高周波のコントラスト)も低下してしまうらしいが、木星の縞や土星の輪を鮮明に見るのに有益らしい。網戸やらフィルムなりを使った自作フィルタを望遠鏡につけるのが天文ファンの間で流行ったそうで、その辺りの話はこのサイトとかこのサイトとかに詳しい。

全ての像が無限遠に並ぶ天体望遠鏡の世界とは異なり、普通のカメラではボケ像が重要になる。ボケとは焦点面から外れた位置の被写体に対して描かれる錯乱円だ。前述したように、ボケの形は絞りの形に影響されるので、絞りの位置にグラデーションがあればグラデーションのボケが得られる。それを利用したのがアポダイゼーションフィルタであり、それを搭載したレンズが実際にソニー富士フイルムから発売されている。そいつらを買った方が良い結果が得られるのは言うまでもないが、金がない。なので、天文ファンの手法に倣って、自作してしまおう。アポダイゼーションフィルタをレンズ内に挿入する猛者もいるらしいが、それだと後に引けなくなるので、多少の周辺減光は覚悟して、レンズ前玉の前に置くことにする。用途によってフィルタを付けたり外したりできた方が嬉しいだろう。

透明のプロテクトフィルタにグラデーションを書けば簡易アポダイゼーションフィルタになることはわかっているのだが、それをどうやって作るのかが問題だ。37mmという小口径だと網戸の網を使う方法は難しそうだ。プロテクトフィルタ上にサインペンでグラデーションを書くとか、インクジェットプリンタでグラデーションを印刷するとかも考えたが、それらも高精度に仕上げるのは難しそうだ。そこで、漫画用のスクリーントーンを使うことを思いついた。透明のフィルム上に黒色のドットが印刷してあるので、濃度に応じて光を透過してくれるはずだ。もともとグラデーションのパターンを使ってもいいし、ソリッドパターンを貼ってから削って濃度を調節することもできる。てことで、渋谷の東急ハンズで買ってきた。IC ScreenのS-5005というやつで、粒度L60で濃度は0%から100%のグラデーションという仕様だ。うまいこと、一枚の中に幅の違うグラデーションパターンがいくつか収められている。
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具体的な設計に入る。直径37mmのプロテクトフィルタだが、枠に少し厚さがあるので内径は34mmくらいだ。したがって、半径は17mmだ。透明フィルムといっても透過率は高くないし、透過光も微妙に屈折して解像度を低下させるだろうから、フィルタの中心部分はフィルムが存在しない状態にしたい。中心の直径10mm(半径5mm)の円は素通しにして、その外側からグラデーションを始めるとすると、7mmのグラデーションが望ましい。そんなに幅の小さいグラデーションはなかったので、最小の12mm幅くらいのものから7mmくらいを切り出して使うことにする。グラデーションは線形パターンなので、それを円形にするには、多角形で近似するしかない。角の数は多ければ多いほどよいのだが、作業の手間を考えると、8角形くらいがよさげだ。等辺が17mmの二等辺三角形を用意することになる。半径rの円に内接する正N角形の一辺の長さは 2 * r * sin(pi / n) だから、等辺でない辺の長さは13.01mmということになる。等辺がa、残りがbの二等辺三角形の高さは √(a^2 - (b/2)^2) だから、今回は15.70mmだ。実際にはピザ型を並べた形を作ることになる。

グラデーションの明るい方の端から外側7mmの位置に平行線を引き、内側8.7mmの位置にも平行線を引く。内側の線に13mmの感覚で点を打つ。隣接する2点からの等距離線と外側の線の交点に印をつける。あとはそれぞれの点を結んで二等辺三角形を作り、内側の辺は部分円になるように膨らませてピザ型にする。
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それぞれの破片をカッターで切って並べて、円になるかどうか確かめる。
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裏紙からトーンを剥がし、プロテクトフィルタに仮置きする。問題なさげなら、圧着させる。その際には調節触らずに、布を被せてその上から擦る。
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いざ実写。あたかもアポダイゼーションフィルタ内蔵レンズのような美しいボケ描写が得られるはず。……って、あれ? なんか白いぞ?
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被写体を変えても、構図を変えても、なんか白い。霧の中にいるような。ボケに着目すると若干滑らかになっているような気もするが、いずれにせよこんなにコントラストが低下しては使い物にならない。
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光量のある屋外で撮影して、後処理でコントラストを上げてみた。点光源のボケに微妙に八角形の名残がみられ、またボケの淵も滑らかになっているのはわかる。けど、この写りではどうしようもない。
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結論としては、大失敗だ。そもそも、スクリーントーンが透明であるという前提が成り立っていなかった。スクリーントーンは半透明なだけで、光学系に利用できるようなものではない。これでは、光路に単にディフューザーを置いているようなもんで、霧がかかったような描写になるのは仕方がない。大敗北。無意味に計算式とか詳述しちゃったりして、バカみたいだ。けど、同じ間違いをするバカのためにこの失敗を書いておくことは無駄じゃないだろう。

予備実験の方は今後の役に立つ気がする。方向性としては間違いじゃないのだ。中心の直径10mmを素通しにして、そこから縁までグラデーションで暗くなるようなNDフィルタが実装できれば、おそらくF4相当のボケ量でアポダイゼーションフィルタ内蔵レンズにかなり近い描写が得られるはずなのだ。今回はうまくいかなかったけど、このネタはまたいつか掘り返して実現してやるぞ。

Kenko 72mm レンズフィルター PRO1D プロテクター レンズ保護用 薄枠 日本製 252727

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