私は間違っていた。手持ちSTFモードの合成にあたっての加重平均のパラメータ設定で。というのも、以下のSTFモード合成例を見てほしい。玉ボケがとろけているのは確かだが、左端にたくさんある「玉ボケだった溶けたボケ」に少し芯が感じられまいか。
1/3EV刻みで絞りを変えて7枚のブラケット撮影をした例を平均合成するにあたって、加重平均の重みを設定することでボケ味を制御できることは以前の記事で述べた。すなわち、パラメータで指定された重みをWとし、入力画像の枚数をNすると、1枚目と2枚目の合成は1:W^(1/(N-1))の比率で行う。その合成結果と3枚目を合成する際には2:W^(2/(N-1))の比率にする。という操作を7回繰り返すのだ。Wのデフォルト値は今まで1であり、それは全ての入力画像の重みを等しくした普通の平均合成である。
アルゴリズムは合っていたが、デフォルト値のW=1は理想ではないと気づいた。本家STFレンズでは、アポダイゼーションフィルタがない場合の均一色の錯乱円を基準として、その半径50%の位置までは同じ輝度で描き、そこから円の縁までは線形に輝度を落とすらしい。理想的なSTFレンズにおいて錯乱円の中心からの距離と輝度の関係をグラフにすると以下のようになる。
ブラケット撮影の結果を単に平均合成すれば上記の線形のグラデーションの近似が得られると思っていたが、それは間違いであった。なぜなら、ブラケット撮影におけるF値の刻みは等差数列ではなく等比数列だからだ。例えば、F2.0からF4.0までのブラケット撮影をすると、F2.00、F2.24、F2.51、F2.81、F3.17、F3.56、F4.00という刻みになる。錯乱円の半径はF値に比例する。よって、線形に輝度を落としたいなら、F値から重みを計算せねばらならない。さて、すでに述べたK枚目の合成の際の重みをK:W^(K/(N-1))とするアルゴリズムにおいて、Wを変えつつ、7枚合成した際の錯乱円の中心からの距離と輝度の関係をグラフにすると以下のようになる。
W \ 距離 | 0.500 | 0.561 | 0.630 | 0.707 | 0.794 | 0.891 | 1.000 |
0.500 | 1.000 | 0.803 | 0.628 | 0.472 | 0.333 | 0.209 | 0.098 |
0.707 | 1.000 | 0.831 | 0.672 | 0.522 | 0.380 | 0.246 | 0.119 |
1.000 | 1.000 | 0.857 | 0.714 | 0.571 | 0.429 | 0.286 | 0.143 |
1.410 | 1.000 | 0.880 | 0.754 | 0.620 | 0.478 | 0.328 | 0.169 |
2.000 | 1.000 | 0.902 | 0.791 | 0.667 | 0.528 | 0.372 | 0.197 |
2.820 | 1.000 | 0.920 | 0.824 | 0.711 | 0.577 | 0.416 | 0.226 |
4.000 | 1.000 | 0.936 | 0.855 | 0.752 | 0.624 | 0.462 | 0.257 |
見てわかるように、Wが2の際に線形になる。Wが小さいほど、半径50%を過ぎた直後の輝度の落ち込みが大きくなる。Wが大きいほど、半径1の輝度が大きくなるので、その外側との落差が大きくなる。冒頭に示した作例はWが1の結果なので、半径50%のところでガクンと輝度が落ちて、何だか芯がある感じになっていたのだ。
完全な白色点光源が漆黒の背景にあるシーンの錯乱円をSTFモードで合成したとして、Wの値に応じた合成後の描写のシミュレーションを以下に並べてみる。
上掲のグラデーションを実際に見てみても、W=2の例が好ましいように感じる。ということで、冒頭の例をW=2で合成し直してみた。玉ボケ部分に着目すると、きちんとボケ味が向上していることが分かる。以前の記事でW=1が最善と書いたが、W=2が最善と訂正したい。STFモードの自動合成プログラムのデフォルト値もW=2に変えてある。
開放からの差分としてはW=1の方が大きいのでSTF効果は感じ易いが、ボケ味という意味ではW=2が明らかに良い。玉ボケの部分に着目して、未加工のF1.2、未加工のF1.2、STFのW=1.0、STFのW=2.0の例を並べて比較しよう。
W=2にしてボケ味が向上したと思われる例をいくつか挙げる。多くの人は着目しないボケの質が微妙に向上しているってくらいの分かりにくい差ではあるが、きっと分かる人には分かるのだ。立体感は脳に快楽を与えるっぽいので、単なる路地裏の写真すら何だか素敵なものに見えてくる。
まとめ。STFモードの合成の際の加重平均における重み付けをF値に完全相関するように変更したところ、ボケ味が向上した。露出の段数とF値の関係が線形ではないという単純な事実を見逃していたことによる誤解を解いただけだが、実写例で弁別できるくらいボケ味に影響があった。画像処理のパラメータ調整は実際の写真で試行するだけでなく作為的に描画した絵に対して試行するのも大事だ。