豪鬼メモ

一瞬千撃

もっとボケさせるには

手持ちSTFモードの実装により、錯乱円の境界を内側に滲ませてボケ味を向上させられるようになった。結果としてボケは小さくなるので、元々のボケはより大きくしたいという動機が強くなる。特に、主要被写体と距離が離れた場合に背景がボケにくいという課題に対処せねばならない。それには機材の能力を向上させるしかないが、具体的に何が必要かを整理する。
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STFモードを使うと、背景なり前景なりがボケていても視認性が良い絵が出せる。2段分のSTFをかけると、ボケ量はだいたい1段分くらい少なくなる。しかし、ボケ味が良くなるので、視線誘導効果は高まる。とはいえ、ボケ量が少なくなるということは、元々のボケ量は大きいことが望ましい。ボケが小さい、いわゆる小ボケや微ボケといった部分にもSTFの効果はあるのだが、やはりボケが大きい方が効果覿面である。そして、元々のボケを大きくするには、被写界深度を浅くするしかない。被写界深度を浅くするには、4つの方法がある。

  • 被写体に近づく
  • 焦点距離の大きいレンズを使う
  • 絞りの大きいレンズを使う
  • 大きいセンサーのカメラを使う

被写体に近づくのは、機材を変えなくてもできる方法だ。しかし、映る範囲が狭くなるので、大きい被写体では適用できない。焦点距離の大きいレンズを使うというのも、既に持っているレンズを使ってできるが、画角が狭くなるので、やはり大きい被写体には適用できない。その分だけ被写体から離れると、被写界深度は深くなってしまうので、意味がない。その二つの「足を使う」努力には限界がある。人物の全身やそれなりの大きさの構造物を被写体としてボケ効果をよく出すには、撮り方の工夫ではどうにもならない。

私が今使っているM43のカメラと25mmのF1.8のレンズを基準に考える。その場合、だいたい1mくらい離れた被写体までなら背景と被写体を分離するボケが出せると思っている。以下の作例では、EXIFデータによると、それぞれ1.02m、1.17m、1.27m先にピントを合わせてあり、F2.5相当のボケ量だ(F2.5を中心としてF1.8からF3.5までの7枚合成)。このくらいだと、大まかな形が視認できる程度にボケた背景が入り、主要被写体の奥行きも感じられる。
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ピント面に描かれる画面の縁は、画角をθとすると、ピント面までの距離に tan(θ/2) * 2 を掛けた値となる。M43で焦点距離25mmのレンズは、水平38.17度、垂直29.14度、対角46.80度という画角だ。1m先のピント面を表すと、水平69.19cm、垂直51.98cm、対角86.54cmの長方形になる。これで分かるのは、1m先の人物の全身は入らないということだ。せいぜいバストアップくらいか。2m離れても、水平138.38cm、垂直103.96cm、対角173.30cmなので、まだ駄目。3m離れると、水平207.57cm、垂直155.94、対角259.64cmで、縦構図なら全身が入れられる。4m離れると、垂直276.76cm、水平207.92cm、対角346.19cmになって、横構図でも全身が入れられる。つまり、いわゆる標準画角(フルサイズ換算50mm)のレンズで人物の全身を入れるには、縦構図なら3mくらい、横構図なら4mくらいは離れないといけない。これはSTFのスイートスポットである1mから考えるとだいぶ遠い。広角レンズを使おうが、望遠レンズを使おうが、画面内の被写体の大きさに合わせて被写体に近づいたり離れたりする結果、被写界深度はだいたい同じになる。

もっとボケさせるには、絞りの大きいレンズを使うか、大きいセンサーのカメラを使うしかない。1m先の場合のボケ量を2m先で維持するには、F値を半分にするか、センサーサイズを(長さ的に)2倍にするしかない。つまりM43カメラでF0.9のレンズを使うか、フルサイズのカメラでF1.8のレンズを使うことになる。4m先で同じボケ量を期待するには、M43のF0.45のレンズか、フルサイズのF0.9のレンズを使うしかないが、それらは普通に手に入るものではないので、あきらめるしかない。

以下の例は、25mm F1.8の同じレンズで主要被写体である灯籠から4mくらい離れて撮っている。この距離だと背景のボケ量はかなり少なくなり、分離するという感じではなくなる。背景が面白い場合でもSTFなら視認可能な状態でボケさせられるので、もうちょっとボケてもよいかなという気にはなる。あと2段分もボケれば、あるいはせめて1段分だけでもボケれば、もうちょい灯籠が前に迫って見えただろうに。
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ちょっとややこしくなってきたので、長さと面積の関係を整理しよう。1EVとか1段とかいう露出や光量の単位は面積に比例する。絞りの直径やセンサーサイズは長さを単位として語られるが、長さが2倍になれば面積は4倍になる。M43センサーの対角線長は21.63mmで、それはフルサイズの対角線長43mmに比べて半分ほどで、面積は1/4ほどになる。正確に言うなら、M43は4:3のアスペクトでフルサイズは3:2のアスペクト比であることを考慮する必要がある。実際の面積比は225mm^2対864mm^2だから、M43センサーの面積はフルサイズセンサーの面積の26%ということになる。

ところで、F値は2^(1/6)倍刻みで調整できることが多い。F1から2^(1/6)倍刻みでF値を並べるなら、F1.00、F1.12、F1.25、F1.41、F1.58、F1.78、F2.00、F2.24、F2.51、F2.82、F3.17、F3.56、F4.00、F4.48、F5.03、F5.65、F6.34、F7.12、F8.00となる。F値は長さの比なので、開口部の面積(≒露出)に換算すれば1/3段刻みと言える。つまり、F1.78(≒F1.8)のレンズはF2.0の一つ前なので、F2.0のレンズより1/3段明るいという言い方ができる。それよりさらに1段明るいのはF1.25(≒F1.2)のレンズで、2段明るいのはF0.89(≒F0.9)のレンズということになる。

話を戻すと、フルサイズの錯乱円(=ボケ)は、同じ画角と同じF値であれば、長さで2倍、面積で4倍大きくなる。そのボケのコスパを考える。フルサイズに乗り換えるなら、例えばニコンZ6が24万くらい、ニッコールZ50F1.8が7.5万円くらいなので、31.5万円を払えば、STF効果のスイートスポットが2mに伸ばせることになる。M43の25mm F1.8の標準レンズと同じボケ量は、フルサイズの50mm F3.5のレンズと同じくらいだから、F2.8やF2.5のレンズを買っても、ボケ量は大きくなると言える。M43を使い続ける場合、同じボケで2倍の距離を稼ぐのは現実的ではない。AF対応でF0.9のレンズは無いからだ。F1.2のレンズなら存在するが、その場合はF1.8より1段明るいことになるので、同じボケ量が維持できる距離はルート2倍になり、つまりSTFのスイートスポットは1.41mに伸びることになる。その場合、EM-5M3が9.5万くらい、M.Zuiko 25mm F1.2が15万円くらいなので、24.5万円の出費だ。

以上のことを踏まえると、ボケ量を重視するなら、M43のコスパは良いとは言えない。もしF1.2のレンズが8万円くらいで手に入るなら価格競争力は出てくるが、それでもボケ量はフルサイズのF2.4相当だ。そのボケ量で良いなら、ソニーα7M2が12万円でFE50mmF2.5Gが6.4万円の合計18.4万円とかいう選択肢もある。とはいえ、別にボケのために写真を撮るわけじゃない。私は基本的に被写界深度が深い写真を好むので、通常はM43のF1.8で全く十分である。しかし、STFモードとか言い出したところで2段分の欲が出てきて、つまらない思考実験をする羽目になってしまった。どのみち、連射と合成が必要なSTFモードでは人間を撮るのは難しいので、全身ポートレートなんてことを考えることが無意味なのかもしれない。自慢の自転車とかオートバイとかをSTF効果を利かせていい感じに撮るのなら、M43のF1.2とかフルサイズのF2.5とかがあると良さそうだ。

話は少しずれるが、STFモードの成功率は連射速度に強く依存する。私が今使っている初代E-M10は最速8FPSの連射ができるのだが、それで7枚を連射すると1秒くらいかかることになる。シャッタースピードが十分に早い場合でだ。手持ちで1秒間完全静止するのは絶対に無理なので、後処理で構図のずれを合わせることが必要となる。構図のずれは直せるから良いが、人物や動物が1秒間も静止するのは稀なので、それらをSTFモードで撮るのは難しい。しかも、初代E-M10は電子シャッターがないので、ガシャガシャうるさいし、シャッターショックも拾ってしまう。ところで、OM-1はAF/AE固定なら最高120FPSで取れるらしい。てことは、7枚連射なら0.06秒で終わる計算になる。ここまで短い時間なら、人物ポートレートくらいならいけそうだ。ブラケット撮影でそのスループットが出るかは怪しいが、0.1秒くらいで終わるなら、安静状態の人間であれば、なんとかぶれていない絵が撮れるだろう。どなたかOM-1(最高120FPS)やEM-1M3(最高60FPS)でストップウォッチの画面を撮るなどして、SモードAEブラケットの時間を測ってみてほしい。もし人物でSTFモードが可能なら、距離が離れても使えるという以上に、適用範囲が広がることだろう。まあその場合にも欲が出て人物を離れて撮りたくなるだろうから、やはりボケ量が欲しくなるんだろうけども。

さらに話はずれるけども、ブラケット撮影中の手ブレ補正って、連射中の一連の写真同士のずれを防ぐ努力はしてくれないらしい。ブラケット撮影は単なる連射ではなく、同じ被写体をできるだけ同じ構図で撮りたいのであるから、それを考慮した手ブレ補正モードがあっても良さそうに思える。これもどこぞのメーカーが対応してくれたら嬉しいなぁ(追記:E-M1マーク2からは手ぶれ補正の連射速度優先モードで対応しているらしい)。というか、その辺りを全て加味したSTFモードがカメラに実装されれば、素晴らしいと思うんだけどなぁ。まあこんなとこに書いていても仕方ないが。